パリに戻った陸は、休む間もなく慌しく動き始めた。気になることは多々あるが、今はとにかく目前のプレゼンに集中し、やるべきことを一つ一つ片付けていくしかないと結論したのだ。
沙希は何も言わなくても陸の意向を理解し、無遠慮にこちらへ踏み込んでくることはない。自主的にフランス語を勉強したり、テオの日本人の友人たちと交流するなど、のびのびと明るくふるまっていた。
そういう姿を見ていると、出会ったばかりの頃を思い出す。おそらくこれが沙希の本来の姿なのだろう。
沙希が元気でいると、陸も安心して仕事に打ち込むことができた。一緒にいることの意義は言葉にしてしまえば陳腐なものだが、その力は計り知れないと思う。いつでも自分の気持ちを受け止めてくれる人が、傍にいるというだけで心が強くなる。
(やっぱり日本を出てよかったよな)
陸はようやく心の底からそう思うことができるようになった。日本にいると雑音が多くてうんざりする。潤也、トオル、そして祖父の顔が脳裏に浮かぶが、すぐに追い払った。
目の前にはほぼ出来上がったプレゼンの書類と、それとは別に、古い機材の写真とその機種のデータがある。
存続が危ぶまれているT事業所がもし廃止された場合、そこで勤務している社員は散り散りになり、いくつかの製品は生産中止、撤退とならざるを得ないだろう。当然、売れないものがその対象となるはずだ。
陸はパソコンのキーボードを叩いた。
(また夢物語って言われるかもしれないけど)
だが最初から諦めていたら何も始まらない。
陸はキーボードを打つ自分の指がかすかに震えていることに気がついた。
これは絶対に自分がやらなければいけないことだと思う。
K社の全社員数は四桁に及ぶが、誰かがどうにかしてくれるだろうなどと安穏としていたら、潤也の血の通わない実力行使が横行し、今まで会社が培ってきたものを失ってしまうかもしれない。
ふと、現社長の顔が思い浮かんだ。
(あのおっさんはどうするつもりだ?)
陸には、あえて自分と潤也を対立させた意図がいまいちわからなかった。潤也の案は祖父の意向と考えて間違いないだろう。社長は会長に反旗を翻すつもりなのだろうか。
(それはないか)
とすれば、これは単に陸の資質をはかるために用意された試験と考えるべきか。
後ろで紙がめくられる音がした。
首を後ろへめぐらせると沙希がソファーの上で雑誌を眺めている。手には分厚い仏和辞書が乗せられていて、沙希はそこに並ぶ小さな文字を目を凝らして読んでいた。電子辞書ではなく本の辞書を使うところが沙希らしい。
陸はまたパソコンに向かう。
試されているだけだとしても、チャンスには違いない。この好機を無駄にはしない、とキーボードを打つ手に力を込めた。
今回のプレゼンは役員会議の中で行われる。ここで認められれば製品化はほぼ確定となるのだが、技術面での裏づけがないため、そこが最大の弱点だということを陸自身嫌というほど自覚していた。
結局、村上からの色よい返事はないまま、沙希をジャン一家に任せ、陸は単身日本へ帰国した。前回と同じように空港から真っ直ぐT事業所へ向かう。
元は工場として稼動していたということもあり、敷地面積も広く、建物の数も多い。現在は大半がオフィスとして使用されているが、一部はまだラインが残っていて、この工場で生産している製品もいくつかあった。
T事業所に到着した陸は、まず村上のところへ足を運んだ。こちらの顔を見るなり表情を険しくした村上に、陸は工場見学をしたいから付き添ってくれないか、と提案した。
「浅野くんが見て面白いものはないと思うがね」
そう言いながらも村上は張り切って立ち上がった。その後に陸も続く。
まず広い階段を降りてすぐ下のフロアを案内された。かなり古い機械から新しい機械まで、所狭しと通路の脇に並べられている。このフロアは主に設計部の作業場で、部に所属する若い社員のほとんどはここに用意されたそれぞれの作業台で研究、開発に取り組んでいた。
(デスクに若いヤツの姿がないと思ったら、そういうことか)
感心しながら彼らが作業する脇を通り抜けた。珍獣を見るような視線を向けられても、陸は全く気にしない。そういう視線には慣れていた。
更に下へ降りるとラインがあった。大型の機械が並ぶ広い空間に単調な機械音とラジオの音だけが聞こえる。
「基本的にはパートや派遣の人に任せているんだけど、最近は社員がへまをやらかすと期間限定でここにまわされる。まぁ、今はそういう場所になっちまってるが、昔は多くの主力製品がここから出荷された」
「生産能力的にはどうなんですか?」
陸の問いに村上は苦笑した。
「中国の新しい工場と比較されたら足元にも及ばない。だから今は『メイドインジャパン』を売りにしているんだ」
「なるほど」
村上はすぐにラインに背を向けて通路を戻り始めた。陸も慌ててその背を追う。
「村上さん」
返事をするように首を動かす村上に、陸は思い切って言った。
「役員会議に出てもらえませんか?」
村上は立ち止まった。
「なに?」
「僕のプレゼンを見てもらえませんか? 賛成してくれなくてもかまわないので、是非」
「キミが役員会議でプレゼンするのか?」
驚いた顔で村上は陸の顔をじっと見つめてくる。
「そうです」
「浅野くん、キミは……何者だ?」
真剣な表情の村上に、陸はフッと笑った。
「僕はただの一社員です」
「そんなわけないだろう。ウチの女性社員が噂していたが、キミは入社二年目でパリ支社に派遣されているんだろう? 普通ならありえない。若手の社員がずいぶん大きなことを言うと思っていたが、キミはもしかして……」
「僕は役員でも、管理職でもない。だから好きなことを言える。ただそれだけです」
村上はまだ何か言いたげに口を開きかけたが、陸の顔を見て考え込む表情になる。それからしばらくして意を決したのか「うん」と大きく頷いた。
「こんな機会も滅多にないだろうから、キミの話に乗ることにするよ」
「ありがとうございます」
陸は真摯に頭を下げる。しかしその上に厳しい言葉が被さった。
「でもキミに協力できるとは限らない」
頭を上げた陸は微笑んだ。
「かまいません。むしろダメ出ししていただけると、僕も闘志が湧きます」
「キミは面白い男だな」
村上は陸の背中を軽く叩くと、通路をスタスタと戻り始める。確かこの事業所内では安全靴の着用が推奨されているはずだが、村上は通気性の良さそうなサンダルを履いていた。間の抜けた音を立てる彼のよれたサンダルを見ながら、陸は密かに不敵な笑みを浮かべた。
プレゼンを翌日に控えた夜、陸は昔のバンド仲間に電話をかけた。相手はトオルと同じバンドでメジャーデビューを果たした先輩だ。
「トオルが迷惑掛けたみたいだな。すまない」
「いや、先輩に謝ってもらうことじゃないし。それよりトオルの腕、大丈夫でしたか?」
実はそれが一番気になっていた。手加減したものの、腕を痛めてベースが弾けないなどという事態になっていたら寝覚めが悪い。
「全然平気。むしろ犯罪とかそっちのほうが困る。つーか、人としてダメだろ」
「それはそうですけど」
陸は苦笑した。トオルに直接聞かせてやりたい言葉だった。
「まぁでも、トオルがお前のところに行ったのは、相談したかったのかもしれないな。ここんとこ、俺たちは事務所との契約のことでキれてたからな」
「へぇ。何か不利な条件でも?」
「うん、まぁな。でもそれもようやく解決したところ」
先輩の声は明るかった。それなら詳細を聞く必要もないと思い、少し世間話をして電話を切った。
(だけどトオルは俺にわざわざ相談をしに来るような男か?)
陸は携帯を手にしたまま首をひねった。それよりも何かを確かめに来たのだと思う。
(俺がここにいること、そして沙希もここにいること……。でも何のために?)
それがわからない。
トオルの後ろにいる人物には心当たりがあった。だがその人物が何を考えているのか、陸には想像もつかない。
(狙いは俺なのか、それとも沙希なのか、あるいは両方……?)
突如全身がブルッと震えた。背筋が寒くなる。わけがわからないというのが一番気味の悪い状態だ。
とりあえずトオルはしばらくおとなしくなるだろうと思う。彼ももう世間では耳目を集める存在だ。むやみに常軌を逸した行動に走ることはないと信じたかった。
もう一度携帯で電話をかける。数コールの後、聞きなれた声が耳に届いた。
「どう? 緊張してる?」
「少しは、ね。でもお前の声聞くと安心する」
強い風に煽られたら吹き飛んでしまいそうな華奢な身体なのに、沙希の存在はいつも揺るぎない安定感がある。
「きっと上手くいくよ。頑張って」
ありきたりの言葉だが、沙希の力強い声が陸の胸に響いた。
「うん、ありがとう。俺も失敗する気がしねぇわ」
クスクスと笑う沙希の顔を思い浮かべながら電話を切った。
(ここまで来たら、やるしかない)
立ち上がった陸は、愛用のノートパソコンを鞄にしまい、翌日に備えて念入りに持ち物の最終チェックをしてから眠りについた。
翌朝は早めに出社した。
自堕落な生活を送っていた大学生の頃に比べると、社会人になってからの陸は人が変わったように朝型の人間になっていた。そのほうが頭がすっきりしていて作業が捗る。自分にはこのリズムが合っていると気がついたのだ。
役員会議が行われる会議室のドアは開いていて、中では社長室付の長谷川がスクリーンを下ろしてプロジェクターの準備をしていた。入り口で長谷川の姿を確認した陸は一瞬躊躇したが、すぐに気を取り直して彼に近づいた。
「朝早くからお疲れ様です」
普通に「おはようございます」と挨拶しなかったのは何か嫌味を言ってやりたいという気持ちがあったからかもしれない。長谷川の隙のない動作が無性に陸を苛立たせた。
陸の声に顔を上げて姿勢を正した長谷川は「早いですね」とだけ言って、壁側のテーブルへ退いた。おそらくそこが彼の席なのだろう。前回社長室で会ったときは、彼のほうから親しげに話しかけてきたのに、今日は打って変わってよそよそしい態度だ。
一番前のテーブルに鞄を置いてノートパソコンを取り出した。パソコンを立ち上げている間、資料を整理している長谷川をぼんやりと眺める。
「社長秘書って大変?」
黙っていてもよかったのだが、陸は何となく声を掛けた。この広い会議室で二人きりなのに、会話がないのがいたたまれなかったのだ。
長谷川は陸を見てほんの少し表情を緩める。
「いいえ、社長が非常に有能な方なので楽をさせてもらってます」
「へぇ。人使い荒そうだけど」
「上司として、とても信頼できる方です。社長の側で仕事ができるのは幸せなことと思っていますよ。何しろ当初、社長秘書には僕ではなく、川島さんの名があがっていたと聞いていますから」
「え?」
突然沙希の名前が出てきて、陸は驚いた。長谷川はその反応に満足したのか笑みを浮かべる。
「人事では川島さんを秘書に、と考えていたようですが、社長が首を縦に振らなかったそうです。まぁ、噂ですからどこまで本当なのかわかりませんが」
「へぇ」
陸は相槌を打ちながら、心の中では実の父親に思い切り罵声を浴びせていた。
(何が「人事には一切関与していない」だ! 真顔で大嘘つきやがって!)
ノートパソコンの画面に目を戻して、タッチパッドの上に指を滑らせた。ファイルを開いてスクリーンを振り返る。準備は整った。
「浅野さん、期待していますよ」
長谷川はスケジュール帳を脇に抱えると、会釈をして会議室を出て行った。
時計を見ると会議開始までまだ一時間近くある。束の間、視線を窓の外へ移し、爽やかに晴れ渡った空といかにも日本の国らしい近隣のビル群を眺めていたが、じっとしていると気持ちが落ち着かないので、社内を散策しながら時間を潰すことにした。
そろそろ会議室に戻ろうと思いながら廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、社長の古い友人でもあり、取締役の島田が陸の後方を歩いている。
「いやいや、今回は陸に面倒なことを押し付けちゃったみたいで悪かったね」
陸の隣に並ぶと、島田は息を弾ませながら言った。昔に比べると体脂肪率が増加していることは明白な体つきだ。
「面倒なんて思ってません。逆にありがたく思ってます」
「ほう。陸が一人前の口を利くようになって、おじさんは感激だよ」
思わず顔を背けて笑った。島田にとってはまだ子どもの頃の印象が強いのだろう。陸からすると、島田の気のいいおじさんぶりは役員になっても全く変わらない。
「しかもお前、婚約したって!? あのかわいい子だろ。結婚式には必ず呼んでくれよ!」
「沙希のこと、知ってるんですか?」
陸は目を見開いて島田を見る。
「当然さ。本社で彼女を知らない社員なんかいない。お前は知らないかもしれないが、社長のかわいがりようと言ったら……」
「知ってますよ」
口調が乱暴になった。今更そのことをどうこう言う気はないのだが、蒸し返されるとやはり腹が立つ。
「……そうか。いや、変な意味じゃないんだ。あれは娘をかわいがるのと同じだな。いつも気にかけて、大事に育てているという感じがしたぞ」
島田の声は急に勢いを失い、最後はほとんどつぶやきにしか聞こえなかった。
「別に、僕は気にしていません」
陸は島田が気の毒になったが、それだけ言うと口を噤んだ。会議室のドアの横にスーツ姿の村上が立っているのが見える。
「島田さん、僕がお願いしてT事業所の村上さんに来てもらったんですが……」
言葉の途中で、廊下の向こう側から社長が現れた。村上に声を掛けて、会議室へ入るように促したようだ。村上は二度頭を下げて腰を低くしながら中へ入る。
背中をポンと叩かれた。
「なぁに、社長が大事に育てているのはお前の彼女だけじゃない。頑張れよ!」
島田は笑みを見せると、陸を追い越して足早に会議室へと姿を消す。
陸もすぐにその後を追った。
会議室には既に二十人程度の出席者が顔を見せていて、陸は長谷川とは反対側の壁側のテーブルへと誘導された。村上は後ろの窓側に用意された席に腰を下ろしている。
開始時間五分前になるとほぼ全員が揃い、長谷川の隣に潤也が座った。自然に潤也と向かい合う形になったため、陸はしばらく彼を観察してみた。
女性に王子様と評されるだけあって、男性にしては柔らかそうな髪に色白の整った顔立ちが映え、スーツも細い身体にぴったりとフィットするデザインをお洒落に着こなしている。
こうしてじっくりと潤也を見るのは久しぶりだが、無意識のうちに陸の目つきは鋭くなっていた。
司会役が会議の開始を宣言して、今日の議題を読み上げた。続いて本題に入る。
「それではまず最初に、体調不良にて退任された関さんの後任に、亀貝潤也さんを執行役員として迎えたいと思いますが、反対意見のある方、挙手をお願いいたします」
陸はテーブルの上で握った自分の手を見つめていた。
会議室内には静寂が訪れ、その数秒後に新たな執行役員が誕生した。司会の声とともに拍手が起こり、陸も仕方なく数回手を叩く。
(ま、順当な流れだな)
営業部で課長などに納まっているほうが、周囲の者にとっては迷惑かもしれない。立ち上がっていた潤也が一礼して顔を上げると、少しの間陸に視線を固定し、それから役員たちの末席に移動した。
「それでは、T事業所の件に移ります」
司会の声が聞こえた途端、陸の全身に緊張が走る。名前を呼ばれたので陸は立ち上がり、しっかりと腰を折って礼をした。それから正面のテーブルまで移動し、ぎこちない動作でノートパソコンを操作する。
「これよりT事業所の新たな事業方針に関係するプレゼンを始めたいと思います」
少し頭を下げた後、陸は会議室内を見渡した。知らない顔も多いが、前列に座る社長の姿が目に入ると急にガチガチだった心と身体の緊張はほぐれ、神経だけがピンと張られた糸のように研ぎ澄まされた。
「プレゼンを始める前に、私は基本的にT事業所廃止案には賛成であることをお伝えしておきます」
会議室の中は少しざわめいた。それを確かめてから、陸は再び言葉を発した。
「ですが、廃止は最終手段だと考えます。廃止によるメリットは亀貝潤也さんが詳細に調査検討されていますが、デメリットに関しては言及されていない。私はT事業所が我が社の中でどういう位置にあるのかをもう一度考え直してみました」
出席者の注目が集まるのを感じながら、陸は最初に配られていたペットボトルのお茶で喉を潤した。それからノートパソコンに目を落とす。
「まず、これはこの五年間にT事業所から他社へ引き抜かれた社員の人数と、その行き先を調査したものです」
数人の役員がため息のような声を漏らした。陸もスクリーンに視線を移し、暗い気分になる。
これは昨年、営業部の矢野の下で指導を受けているときに知ったことの一つだった。事業所へ出向くと、必ずと言っていいほど技術系の社員が矢野に退職の挨拶をしてくる。ほとんどがヘッドハンティングだと矢野は残念そうに教えてくれた。
「ウチの会社の技術力は一般的にも評価が高いのに、こんなに頻繁に引き抜かれていたら心配になるよな。でもエンジニア連中の間では大会社に転職できて『おめでとう』なんだよ」
陸はそれを聞いて唖然とした。優秀な人材が他社へどんどん流出しているのだ。これはK社にとって大きな損失だと陸は認識した。
そのことが頭にあったので、潤也のT事業所廃止案に目を通して一番最初に懸念を抱いたのが、技術職の社員を他の事業所へ振り分けるという提案だった。
「T事業所には優秀な技術職が揃っています。これまで数々の優れた製品を生み出し、我が社を牽引してきた事業所を解体すれば、おそらく多くの人材が他社へ流出すると考えられます」
深刻な顔をした島田が頷く。陸は顔を上げて一番後ろにいる村上を見た。
「今日はT事業所の技監である村上さんにご足労を願いました。新製品のプレゼンに技術的協力をお願いしましたが、現実的でないという理由で断られています。ですが、こちらをご覧ください」
ノートパソコンを操作してスクリーンに古い製品の画像を映し出した。
「これはずいぶん古い機種だな」
執行役員の中から声が上がり、続いて他の役員が機種名と製造年を正確に言い当てる。
(へぇ、見ただけでわかるのか。やっぱりコイツら、すげぇな)
感心しながら次の画像に切り替えた。コンサートホールでの使用状態がわかるように撮影された写真だ。村上が俄かに身を乗り出したのを陸は視線の端でとらえた。
「最近パリで私が対応した案件です。ホール側は、修理して直るのであれば引き続き使用したいとのことでしたが、当社では部品等の都合がつかず修理は難しいと判断し、その点を納得いただいて新たな機材を購入していただきました。私はこの件で当社製品への信頼が極めて高いことを実感するとともに、当社製品を長く愛用していただいたことに深い感動と喜びを覚えました。これが今回の企画のヒントになったのです」
ここで陸はまた一息ついてペットボトルを口に運んだ。それほど緊張していないが、一人で話し続けていると口内が乾く。
ペットボトルをテーブルの上に戻すと、目次をスクリーンに映した。
「それでは本題の新製品の提案に移ります」
役員たちが一斉にテーブルの上の資料をめくる。陸は深呼吸すると、口をしっかりと動かし、明快な口調で言った。
「私が提案するこの製品の最大の特徴は、お客様に一生使い続けていただく、というところにあります」
会議室内はシンと静まり返り、ほとんどの出席者が資料を見つめていた。その中でただ一人、後方に座る潤也が顔を上げて挑むような視線を正面に向ける。敵意が剥き出しだ。
陸はそれを真っ向から受け止め、再び口を開いた。