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好きになる理由 2



 左一番後ろの席って、私の教室では窓際の一番後ろの席でもある。

 今日は朝から眩しいくらい晴れている。

 こりゃ、午後からは睡魔と闘わなきゃダメかな……。

 ……なんて暢気なことを考えていたんだけど、1時間目でその考えはあっさり却下されてしまった。



 1時間目は世界史だ。今日は先生が体調不良で欠勤したらしく自習になったのだ。

 プリントが配られて自習監督の先生が教壇から見張っている。

 私は世界史よりは日本史の方が好きだから、気乗りがしないけどプリントに向かった。

 クラスの皆もプリントが回収されると聞いて割とまじめに取り組んでいる。



 ……が!!



 例外がいた。そう、私の隣の席のソイツだ。

 気がつくとソイツは窓の外を眺めているようだった。



 ちょっと、プリントやらなくていいの?



 と、私はプリントに向かったまま心の中で思う。

 そしてちらりとソイツの机の上を見た。



 !!!!!!!!!!



 えっと、まだ授業開始から5分くらいしか経ってないと思うんだけど……

 びっくりした。

 もう全部解答が書き込まれていた。

 ……ありえない。なんで? どうやったらそんなに早く解答できるの??

 私は急に闘争心がめらめらと燃え上がるのを感じた。

 そこから頭をフル回転させて鉛筆を走らせる。

 それでも終わって時計を見ると30分はかかっていた。

 私の中のプライドがちょっとばかり傷つく。

 そりゃ私は学年でせいぜい良くて20番くらいの成績ですよ……。

 これでも頑張ってるつもりだった。

 いや、でもさ、よく考えたら早ければいいってわけじゃないんだよね!

 そう思ってまた隣の机の上をちらりと見た。



 ……私の負けです、はい。



 間違っているわけなんかない。しかも字も男子にしては読みやすい綺麗な字だった。

 なんてこった。全然勝負になってない。

 でも、私は負けず嫌いなのだ。



『打倒! 清水暖人!!』



 密かに心の中で叫ぶ。

 いつか、お前を倒してやる! 見てろー!!

 そんな私の心の中に燃え上がる炎のことなどつゆ知らず、ソイツは1時間目が終わるまでずっと窓の外を眺めていたようだった。





 そして、2時間目がやってきた。

 2時間目は数学だ。……私の苦手な。

 嫌々教科書と黒板と先生を見る。……よくわからん。わからないけど黙々とノートに板書を書き写す。

 ん?

 私はずり落ちてきたビン底眼鏡を低い鼻に掛けなおす。

 んん??

 ……………。

 まずい。先生、字がだんだん小さくなってます。よく見えないんですが……。

 こんな分厚いビン底眼鏡でも見えないとはどういうことだろう。

 というか、席替えしたときにそのことに気がつかなかった私が迂闊だった。



 どうしよう……。



 そうだ、いいこと思いついた!

 私は少し口元に笑みなんか浮かべながら、1時間目と同じように隣の机の上をチラ見した。幸いさっき見たときに綺麗な読みやすい字だってことは確認済みだし。

 しかし……私の期待はあっけなく裏切られた。



 あの……清水くん、ノートは?



 ソイツの机の上にはかろうじて教科書が開いてあるだけで、肝心のノートがない! 筆記用具すら出してない。

 しかも1時間目と同じくソイツはお天気の良い窓の外を眺めているらしい。

 思わず私は目を上げてソイツを見た。



 え?



 何かの間違いかと思ったが、間違いじゃない。

 目を上げるとソイツと目が合った。

 びっくりして目が離せなくなった。心臓が壊れるんじゃないかと思うくらい激しく動き出す。



「やっとこっち見たね」



 ……はい? 今なんと??



「ずっと『いつ気がついてくれるのかな』と思ってたんだけど」



 ……ずっと? っていつからですか?



「1時間目からずっと見てたのにな」



 ……何を?



 私はソイツと目が合ったときから硬直したように瞬きすらしてなかった。

 これが『鬼に魅入られる』というヤツか? と思う。

 そこではっとして私はようやく瞬きをして、とりあえず呼吸をした。呼吸もしてなかったのか、私。死んでしまうぞ。

「えっと、板書写さないの?」

 小声で言った。

 ソイツはニコっとして「なんで?」と聞き返してきた。

 やめて。そのニコっていうのは! ……何だか心臓が鷲づかみにされた気がする。

「高橋さんこそ、なんでそんなに一生懸命ノート取ってるの?」

「普通ノート取るでしょ?」

「そう?」

 ……そう? って……じゃあ、何? いつも取ってないわけ?

「だって教科書にも書いてあるでしょ」

「そりゃそうだけど……」

 確かに、アンタの言うことは正しい。正しいが、教科書に書いてあることを読んだだけで理解できたら学校の先生は必要なくなるじゃない?

「書いて覚えるのよ!」

 そう! 書くと覚えるんだよ!! 私は勝ち誇ったように答えた。

 しかしソイツの答えは「ふーん」とそっけなかった。

「まぁ、いいや」

 ……いやいや、待てよ。全然良くない。

 私はようやくソイツとコミュニケーションを取るはめになった緊急事態を思い出した。

「あの、私、黒板の字が読めないところあるんだけど」

「ああ!」

 なぜだかソイツはとても嬉しそうに返事をした。顔を見るとぱーっと笑顔になって、また私は心臓が痛くなった。

「いいよ、読んであげるよ」

「ありがとう」

「いいよ、お礼なんて。ほっぺにちゅーとかで」



 ……は?



「……え? スルーしちゃう?」

 ていうか、ナンデスカ? ほっぺにちゅーって??

「じゃあ、やめた」

「ま、待って!」

 慌てて私は自分の意識を現実に引き戻した。困るのだ。読んでもらわないと。

「私、数学苦手なの」

「ふーん。いいこと聞いた」

 ソイツは悪魔のような笑みを浮かべた。……いや、コイツは悪魔だ、間違いない。

「まぁ、ちゅーはそのうちでいいよ」

 そう言ってソイツは私のノートを覗き込んだ。

 ちょ……近すぎます!!

 しかもなんかいい匂いとかするし! 紅茶みたいな? ……これって香水なの??

 何だか頭がクラクラした。

 私の心臓はこの何分かの間に1時間分くらいの働きをしたかもしれない。何か悪い病気かもしれないと心配になる。

 それからソイツは私の書き取るスピードに合わせて黒板を読んでくれた。

 しかも頼んでいないのに、次の時間からも私のノートを取る手が止まると、ノートと黒板を見比べて読み上げてくれた。

 私は素直に彼に感謝した。……勿論心の中で。

 だって言葉にしたらまた何か言われそうだもの。「お礼は……」とかね。

 でも、あれって……その、ほっぺにちゅー? ……って、冗談だよね?

 相手は私だよ?

 冗談でも私にそんなこと言って楽しいんだろうか?

 私はソイツの顔を見ないようにした。見ると本当に心臓が暴れ出しそうで怖い。

 それでも彼が私のノートを覗き込むたび、いい匂いがしてクラクラする。お願いだからそんなに近寄らないで!

 ……でもなぁ、この匂い、結構好きかも……。

 そんなことを思う自分が変態チックでますます私は混乱していた。


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