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好きになる理由 1





 お姉ちゃんが結婚した!





 別に驚くことじゃない。私の姉はもう22だ。自分の意志で結婚できる年齢だ。

 驚くのは、私の姉はそれまで恋愛のひとつもしたことがなく、永遠の少女のような人だったのだ。その人が突然結婚してしまった。

 出会ってから1ヶ月……。





 たった1ヶ月だよ!?





 私は16年(正確に言うと今年で17年目)も姉と一緒に生活しているが、姉は今までこの世に『男性』が存在しているのを知らないのではないか? と疑っていたくらいだ。

 相手の男性は姉に一目惚れしたと言う。

 確かに姉はかわいい。

 ……かわいいのだが、どちらかというと不思議少女系なのだ。

 22歳にもなって一人で公園に行き、滑り台に乗ってしまうような……。

 そんな姉でもピアノを弾いているときは別人だった。

 姉の夫になる人は姉が講師として勤めるピアノ教室の会社の人で、面接で一目惚れしたらしい。

 ピアノを弾いていないときの姉もちゃんと好きになってくれたようなのが、妹としては嬉しいけど1ヶ月で結婚するというのは早計過ぎないのか心配でもあった。

 なのに、姉本人はいつもと変わらず、結婚の準備もまるで公園のブランコに乗ってはしゃいでる子どものようなテンションで進めていた。





 そして結婚式の前夜、姉は私の部屋にやってきて小さな封筒を差し出した。

「お姉ちゃん、なにこれ?」

 姉はイヒヒと笑った。

「幸運のお守りよ」

 私は悪い予感がした。

 大概姉が購入するその手のモノは怪しすぎる。

「私はいいよ。お姉ちゃんのお守りなんだから、お姉ちゃんが持ってなよ」

 丁重にお断りした。

 しかしこのときの姉は頑固だった。

「あのね、これは恋のお守りなのよ」

「……はぁ?」

 私は素っ頓狂な声を上げたと思う。

「これのおかげで私は隆史さんに出会ったの」

 ちなみに隆史さんは姉のダンナさん(になる人)です。

「これはね、お姉ちゃんが公園で一生懸命探して見つけたものなのよ!」

 え? ……公園で見つけた??

 私はその小さな封筒をそっと開けてみた。

 中からかわいい台紙に四つ葉のクローバーを押し花にしたものが出てきた。

「……これ、お姉ちゃんが?」

「そうよぉ」

 姉はちょっと自慢げに答えた。

 公園に行って滑り台やブランコに乗ってるだけじゃなかったんだ!

 それにしたって、大の大人が一人で公園で四つ葉のクローバーを探す図も普通じゃないけどね。

「だからね、舞ちゃんにもきっとよい出会いがありますように!」

「ちょ、ちょっと……私は別に出会いなんて!」

 というか、お姉ちゃんに心配されたくないけど! ……と心の中で突っ込みながらも、姉が一生懸命探したという四つ葉のクローバーを指でそっと撫でてみた。

「きっと素敵な男性が現れるわ! 幸運を祈る!!」

 そう予言めいたことを言い残して姉は去っていった。

 私は残された四つ葉のクローバーをしばらく見つめていた。

 姉がくれたものだから大事にしなきゃなぁ……。

 そう思ってまた封筒にしまい、通学用のパスケースに入れた。





 まさか、それが本当に私に運命の出会いをもたらすとは、このときは知りもしなかったのだけど……。





 T市にある私の通う学校はこの地域では名門の進学校だ。

 名門というだけあって制服はなんとかという世界的に有名なデザイナーさんのデザインらしい。ちなみに私はブランドモノなどには興味がないので名前すら覚えていないけどね。

 ブランドモノだから制服の値段も一般の高校に比べると5倍とか!

 母がお値段に仰天したが、名門校に30番以内の成績で入学できた私にご褒美で喜んで購入してくれた。

 私の住む町はT市から電車で30分くらいかかる小さな町だ。この町から名門校に進めるのは学年で数人いるかいないか……。

 だから母は密かに鼻が高いらしい。

 私と言えばこの小さな町から早く出たくて一生懸命勉強しているだけなんだけどね。でも成績が良いことを怒る人っていないでしょ?

 そんな小さな町だから遊ぶところもない、っていうのが本当のところだったりするんだけど。誘惑もないから勉強するしかないわけ。

 それでT市の名門校に通うことになっても帰宅部だから相変わらず誘惑のない日々。

 成績も常に50番以内はキープ。……本当は10番以内をキープしたいところなんだけど、どうも苦手な教科ができちゃって、なかなかうまくいかない。

 それでも私は優等生としてクラスメイトからも一目置かれていた。



 でも……どっちかというと「優等生」だから一目置かれているのではなくて……あまりにもかわいくないからみんなが近寄りたがらないのが本当のところかもしれない。



 そう、私はお姉ちゃんのようなかわいらしい容姿には恵まれなかった。

 おまけにとても目が悪くてビン底眼鏡が手放せない。ビン底ってわかる? 本当にレンズが厚くて重たいのよ。変なフレームしかないしね。

 そんな私だから女友達も別のクラスに中学校からの友達が2人いるくらいで、クラスにはまともに話をできる友達なんかいない。

 みんな成績もなかなかで、おしゃれにも手を抜かず、いつもかっこいい男の子の話で盛り上がっている。

 私はそんな話題には入っていけないし、男子にも興味がなかった。

 だいたいそんなお付き合いにうつつを抜かしていたら、いつまでもあの小さな町から出られないじゃない!

 私はこのT市からも羽ばたいて有名大学に進学するのが夢なのだ。

 そのときはみんなの鼻を明かしてやるわ! ……なんて思っているんだけど。

 でも高校2年になった今、私の前に数学という難敵が現れた。前から得意ではなかったけど、最近は数字を見るのも苦痛になってきた。

 そりゃ文系に進めばそれほど数学は必要ないけど、有名大学の入試には数学は依然として必須だ。

 そろそろ私も塾か予備校に通わなきゃいけないのかな……。



 そんなことをボーっと考えていた。



 というのも、今は水曜日の6時限目。一時間のHRなのだ。

 今日は席替えをするらしい。クラス委員が黒板に座席の図を書いて、くじ番号を記入している。

 我がクラスは1年の頃から席替えをくじ引きで行うのが慣例になっていた。

 そうそう、うちの学校は1年と2年は持ち上がりで3年になるとコース別にクラス替えがあるのだ。だからこの席替えは既にマンネリ化したクラスメイト達の毎月の楽しみでもあった。

 私にとっては毎月のやっかいな行事だったけど。

 そんな私の目の前に突然箱が差し出された。

「高橋さん、引いてよ」

 呼ばれて私ははっとする。クラスメイトに名前を呼ばれたのも久しぶりでびっくりした。

 丸くくりぬかれた箱の穴に手を突っ込むと四つ折になった紙の感触。

 どうせどこの席になってもいつもと何も変わることはないのだし!

 と、適当に選んだ紙を開くと『16』と書いてあった。

「はい、高橋さん、16ね」

 箱を持ったクラス委員が黒板で書記係の女子に伝える。

「ええーーーーーーーーーーっ!!」

 途端に男子からも女子からも声が上がった。

 私はきょとんとして黒板を見る。

 ああ、左一番後ろ。一番人気のある席だ。

 突然後ろから肩をがしっと掴まれた。

「高橋さん、一生のお願い!」

 後ろの席の女子が真剣な顔で私に手を合わせている。

「席、替わって!!」

 いつもなら快く交換するところだけど、一度一番後ろの席にも座ってみたいと思っていたのだ。

「えっと、今回はごめん」

 丁重にお断りした。

 他の女子からも頼まれた。

 みんなそんなに後ろの席がいいのね。居眠りできるし、内職できるし?

 それでも今回は全部丁重にお断りした。

 だってそんなラッキーな席を自分で引いたんだもの!

 女子は普段から親しくない私が拒否すると、それほど食い下がってはこなかった。そりゃまぁ、そうでしょ。親しくない人に断わられて「それでも!」っていうのは相当図々しい。

 私は自分の荷物をまとめて、左一番後ろの特等席へ向かった。

 そういえば、このクラスは高校だというのに小学1年生のように男女が隣り合わせで机を並べている。

 あれ? そういえば隣の人は……



 私は目的の席の隣のヤツを少し離れたところから見た。

 え?

 黒板を見ると間違いなくソイツの名前が左一番後ろの私の隣に書いてある。



 えええええ?



 男子に興味がない私でも、ソイツの名前は知っていた。

 ソイツは私と視線が合うとニッコリと微笑んだ。

「高橋舞さん、よろしくね」

 私はたぶん口をあんぐりと開けてマヌケな顔をしていたと思う。

「よ、……よろしく」

 それだけをようやく言って、ソイツを見ないように自分の席に着いた。





 ソイツの名前は清水暖人(しみずはると)。

 この学年で一番成績が良く、カッコいいと言われている男子だった……。


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