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好きになる理由 3



 席替えから2日が経った。今日は金曜日。

 私の通う名門校は残念ながら私立で土曜は休みではない。それでもようやく一週間が終わるという感じがして気分は少し軽い。

 でも、今日の私はちょっと違う。

 昨日から隣の清水くんが私のノートを取る手伝いをしてくれるようになって、それはそれはとても助かるのだけど、とても困ってもいたから……。

 だって近すぎるんです!!

 目がいいのならそんなに接近しなくても私のノートくらい見えると思うんだけど?

 そしてソイツは男のクセにやたらいい匂いがするのだ。





 昨日、帰宅して私は思わず母に聞いてしまった。

「ママ、最近は男性も香水なんかするの?」

 ……この歳になっても「ママ」と呼んでいるのがちょっと恥ずかしいけど、私の母はとにかく「ママ」と呼んでほしいみたいなのだ。一度だけ小学生のときに「お母さん」と呼んでみたら、返事の代わりにとても恐ろしい目で睨まれた。

「舞……お洒落に無頓着なところはあなたのいいところだと思うけど、もう高校生だし無頓着すぎるのもどうかとママは思うわ」

 それは質問の答えではないと思うけど、さすがに私は少し傷ついた。

「つまり、男性も香水をする時代だということ?」

「舞ちゃん……」

 母は優しく微笑んだ。何だか怖い。

「あなた、何時代生まれ?」

「白亜紀くらいかしら」

「……そう。……ってそれじゃ化石じゃない! 自分で認めちゃだめよ!!」

 ということは、今はそういう時代なのか。

「ママは香水なんかつけたことあるの?」

「あるわよ」

 ……へぇ。意外だった。

「それより舞ちゃん」

 母はさっきとは違う意味ありげな微笑を浮かべていた。ますます怖い。

「誰か好きな男の子でもできたの?」

「は? なんでそうなるの!?」

 思わず私は大きな声をあげてしまった。

「だってその男の子は香水つけてるんでしょ?」

「違うよ! ……あの、隣の男子が……」

「あら、隣の席の男の子を好きになっちゃったの?」

「ちがう!!!!!」

 母は何としてでも好きな人と香水を結び付けたいらしい。

「もう、いい」

 私は母に聞いたのが間違いだったとようやく気が付き、苛立ちを大きな足音に変えて階段を駆け上がり自分の部屋のドアを閉めた。

 それからおもむろにパソコンを立ち上げた。最初からネットで調べればよかったのだ。

 そして驚いた!

 男性用の香水なんてものまである。まさに目から鱗。

 調べていると紅茶の匂いに模したものがいくつかあることがわかった。「男女問わず人気の香り」と書いてある。

 そうそう、あれ、何だかいい匂いで……

 気がつくと私は目を閉じてその香りを思い出そうとしていた。



 うわっ! ちょっと私、何やってんの?



 正気に返ったあとは鬼のように勉強した。でもあまり頭に入ってこなくて、同じところを何度も読んだり、行を飛ばして読んで意味不明だったり、散々だったけど……。





 そして、今日も昨日と変わらずソイツはご丁寧に私のノートを覗き込んで黒板を読み上げてくれた。

 私はその匂いがするとおかしな気分になりそうなので、ソイツが近寄ってくると同じ距離だけ避けるようになってしまった。

 ソイツは私の様子を見て少し不機嫌そうな顔をしたが、何も言わなかった。

 しかし、事件はすぐに起こった。

 ソイツは私の態度を逆手に取って、不意にこっちへ近寄ってきた。

 私は驚いて同じ距離だけ飛び退った。

 でも驚いた分、勢いがついて私のお尻が着地したところは椅子ではなく……



 ガッターン!!



 ……床だった。

「っぶ!」

 ソイツは笑いを噛み殺そうとしているようだが、目尻に涙まで浮かべてウケている。

 先生も含めてクラス中の視線を一気に受けて、私はどこかに消えてしまいたいくらい恥ずかしかったが、痛みとショックで間抜けな格好のまま腰が立たなくなってしまった。

「ごめん、立てる?」

 ソイツは私が立ち上がれないことに気が付き、手を差し伸べてきた。でもまだ目が笑っている。

 私は自力で何とか椅子に座った。もう意地でね。

「高橋、どうした?」

 先生が驚いた顔で近づいてきた。そりゃ驚くだろう。居眠りしていたとしても授業中にいきなり椅子から転げ落ちる生徒なんか滅多にいない。

「先生、すみません。僕がからかったせいです」

 私が言葉を発する前に隣のソイツが言った。

「高橋さん、ごめんね」

 私は猛烈に腹が立っていた。

 そういうことか! 私を笑いものにして楽しいか!!

 先生はソイツの言葉に納得したのか、すぐに踵を返し授業に戻った。クラスのみんなは何となくヒソヒソと私のことを話しているようだ。気分が悪い。

「……怒った?」

 私はソイツの言葉を無視した。これで怒らない人間がいるか!?

「ごめん。本当は忠告しようと思ったんだ、『落ちるよ』って」

 ……それはご親切にどうも! 落ちてから言われても遅すぎるけど!!

「だって高橋さんが俺のこと避けるから」

 ……え? 何? 私が悪いとおっしゃるんで??

「ちょっと傷ついたな」

 ……はい? 被害者は私ですけど?

「そんなに俺のこと嫌いなわけ?」

「嫌いです」

 私は反射的に言った。

「即答かよ」

 頬杖をついてソイツはため息をついた。

 ……もしかして、本当に傷ついてる? どうして??

「あの……」

 私は思わず口を開いてしまった。何を言おうとしたのか自分でもわからない。でもとにかく何か言わないといけない気がしていた。

「それ、香水?」

 自分の顔が赤くなるのを感じた。

「あ、これ、嫌いかな? クサい?」

 ソイツは自分の襟元を掴んだ。何だかその仕草は色っぽい。……って何考えてるの、私?

「えっと、そうじゃなくて……」

 私は言葉を選ぶのに苦労した。

「嫌いじゃなくて、むしろ……」

 マテマテ。私は何を言おうとしているんだ?

 私がしどろもどろになっているのを見て、ソイツはニッコリとした。

「そう。それならよかった」

 その笑顔は男の人でもこんな綺麗な顔の人がいるのか、と思うくらいまぶしかった。胸の奥が何かにぎゅっと掴まれたような感じがして、途端に心臓がまた激しく動き出した。

「ごめん、痛かったよね」

 心配そうな口調でソイツは言った。さっきは思い切りウケてたくせに。

「別に、もういいです」

 私はぶっきらぼうに言った。うるさいくらいの鼓動を気が付かれないように表情を能面のようになくそうと努力する。思えば私も必要以上に避けたのがいけないのだ。

「そんなに近寄らなくても見えるでしょ」

「うん、気がついてた?」

 ……わざとですか。でも何のために?

「私に近寄っても何もいいことありませんよ。いい匂いがするわけでもないし」

 私は自虐的な笑みを浮かべて言った。

「わかってないね、高橋さんは」

 思わず眉に皺が寄る。意味がわからない。

「でもそういうところが……」

 ソイツは意味ありげに笑った。



 ……その続きは?



 私はしばらくソイツの言葉を待っていたが、結局その続きを聞くことは出来なかった。


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