>> One Night Lovers > 01 / 02 / 03 / 04 > text index

 その後、私は暇さえあれば雑誌やネットなどでドラマとケイゴに関する情報収集に徹し、彼のことならどんな小さな情報も漏らさぬようにとアンテナを張って生活していた。知らない人が見れば、ケイゴの熱狂的なファンだと勘違いするだろうと思う。事実、今の私はファンの一人でしかない。
 そしてわかったことは、まずケイゴの名前はホシザキケイゴで、これは本名らしいということ。もう一つは今回のカジケン主演のドラマが、脇役ながら初めて名前がついた役に抜擢されたということ。これ以外のケイゴの情報はほとんど出回っていない。
 でも、ドラマに出演した影響で女性の間でケイゴの人気が急上昇してしまった。なんでも私が大型電器店前で見た、カジケンを殴る迫真の演技が乙女心を鷲掴みにしたらしい。しかもあの容姿じゃ人気が出て当たり前だ。
 翌週からは録画したドラマのケイゴが映っている場面だけを鑑賞するのが日課になった。ストーリーも主演のカジケンもどうでもいい。だけどテレビの中のケイゴを眺めていると、彼が自分だけのものではなくなってしまったようで寂しかった。きっと思い出の中のケイゴをひっそりと懐かしむだけのほうが、満足度は高かっただろう。そしてだんだんと彼を諦めて、忘れることができただろうと思う。でも寂しくても不満が募ってもたとえテレビの中であっても、やっぱりケイゴの姿を見ていたいし、見ると嬉しくてほんの少しだけ元気が出た。
 たまにシンジからメールが来るので、これには適当に返信する。テレビでケイゴを見ると幸せな気分になれるが、それだけで生きていけるかというと実際は無理だ。それにシンジには人生の安泰という大きなおまけがついている。これを逃すと一生後悔するかもしれないという思いもあり、誘われれば付き合うという消極的な態度ながら、彼とは恋人未満の付き合いを続けていた。
 だけどシンジとの関係は、いくら彼が真面目で好青年だと言っても、いつまでもこのままというわけにはいかなかった。


 季節は秋から冬へと移行していく。街に赤と緑のクリスマス色が氾濫し始めると、いよいよドラマも佳境に入った。つまり、もうすぐ終わってしまうということだ。放映は終了しても録画を再生すればいつでもケイゴの姿を見ることはできる。それでも最終回が近づくにつれ残念な気持ちは大きくなっていった。
 そしてついに最終回の日を迎えた。
 肌に吹き付ける風が一段と冷たく感じるその日、私はシンジに誘われて開店したばかりのショッピングモールに足を運んでいた。
 ドラマが最終回なので本当は家に帰ってリアルタイムで観たいと思っていたが、「ドラマを観たいから」という理由でデートを断るのは悪い気がして、そわそわしながらもシンジに歩調を合わせる。
 真新しいショッピングモールは若者に人気のショップが並んでいて、仕事帰りの客でごった返していた。しかし端のほうにはまだ開店準備中だったり、完全に覆いをして内装工事を行っている場所もある。
「こっちは何かあるかな?」
 シンジに連れられて通路を曲がると、その先には工事中の店舗と関係者専用のドアしかなかった。引き返そうとした私の腕をシンジがグイと掴む。そのまま抱きすくめられ、キスされた。
 驚いて反射的にシンジの胸を突き飛ばす。
「こんなところで何するのっ!?」
「ごめん」
 シンジはたぶん人目のある場所でキスしたのが失敗だったと思っているだろうが、私が嫌だったのはそれだけじゃない。
 あまりにも腹が立つので、萎れているシンジを置き去りにして人通りの多いメインストリートへ戻る。後ろから「待って」というシンジの声が追いかけてくるが、それを振り切るように早足で歩いた。
 でもシンジも必死に追い縋ってくる。私は行き交う人に何度も体当たりしながら、人ごみの間を縫うように逃げた。さすがにもう追って来ないだろうと思い、気が緩んだ瞬間、後ろから腕を掴まれた。
「そんなに怒らなくてもいいだろ?」
「怒るわよ! 痛いから離して!」
 無神経なシンジの顔を見たら、一層胸がムカムカしてくる。
 仮にも初めての相手とキスをするには場所やタイミングが全然ロマンティックじゃないし、シンジの唇はやけにぽっちゃりしていて何だか気持ち悪かった。それに大事にしていた最後のキスの記憶が、こんなふうに突然上書きされたのがとにかく許せない。
 シンジが腕を離してくれないので思い切り上下左右に振り回すが、それでも離れない。気合を入れて「えいっ!」とありったけの力で身体ごと回転し、ようやくシンジを引き剥がすことに成功した。
 すぐさま、くるりと背を向けて走り出そうとした私に、周囲を確認する余裕などあるわけがない。駆け出そうとして前のめりになった途端、何かに勢いよく激突した。柱のような固いものではなく、程よく柔らかさがあり、咄嗟に受け止められたので相手はおそらく人体だ。ぶつかった鼻がツーンとして涙が出る。鼻を押さえながら顔を上げると、目の前にグレーグラデーションのサングラスをかけた長身の男性が突っ立っていた。

「大丈夫?」

 テレビの見すぎで私の目はおかしくなってしまったのだろうか。金髪じゃないのに、自分を見下ろしている男がケイゴに見える。激突した拍子に頭のネジもいくつか吹っ飛んでしまったのかもしれない。
「全然、大丈夫じゃない……」
 鼻がまたツーンとした。途端にぼろぼろと涙が溢れてくる。その涙を拭うのも忘れて私は目の前の男に見入っていた。髪は真っ黒で万人受けしそうな短めのヘアスタイルだ。
「危ないじゃないか!」
 隣からシンジの声がした。まだいたのか、と思う。いいところを見せたいのか、急に長身の男に噛み付いたが、実は不注意で激突したのは私のほうだ。
「ホント、危ないよね」
 そう言いながら男はサングラスを外した。微笑みながら彼も私をじっと見ている。
 その笑顔は紛れもなく、ケイゴのものだった。
「やっぱりちゃんと言っておけばよかった」
「何、コイツ? ルリの知り合い?」
 シンジはケンカ腰で言うけど、私もケイゴも相手にしない。

「俺以外の男とキスするなって」

「な、何よ。そんなの勝手すぎる。この、大ウソつき!」

 鼻水を啜りながらの言葉には全然迫力がない。ケイゴはフッと笑って、またサングラスをかけ直した。
「ごめん、騙すつもりじゃなかった」
「はい? 騙す気がなくてウソを言うなんておかしい。矛盾してる。それになんでこんなところにケイゴがいるの!?」
 やっと涙は止まり、だんだんいつもの調子が戻ってきた。それをケイゴは嬉しそうな顔で受け止めてくれる。

「ルリを探してた」

「おい、ルリは今、俺とデート中なんだよ!」
 隣の男がケイゴに挑むように一歩前に出た。そういえばそうだった。ケイゴを見た瞬間からすっかり忘れていた。
「でもルリは嫌がってた」
「それは……」
 シンジが口ごもった隙に、ケイゴは辺りを見回す。人通りの多い通路に立ち止まっている私たちはかなり邪魔モノだったが、それ以外にも遠巻きにこちらを注視している女性の姿などが見え始めた。
「そろそろタイムリミットかな」
 言うなりケイゴは私の手を取って、シンジに笑いかける。

「悪いけど、ルリは俺がもらうから」

「ちょっ、待っ……!」
 シンジの返事など待たずにケイゴは身を翻し、私の手を引っ張って走り出した。あのふらふら歩いていた金髪男と同じ人間とは思えない身のこなしで、あれも演技だったと今更気がつく。騙すつもりはないなんてやっぱり大ウソだ。最初から騙すつもりだったくせに、と心の中で叫んだ。
「どこに行くの?」
 息を切らしながらケイゴに訊ねる。すると肩越しに振り返った彼は、私の顔を見て少し速度を落とした。
「家まで送る? それとも……」
 ケイゴは意外にも足が速かった。それに合わせて走るだけでも心臓はバクバク言っているのに、次の言葉を待つ間の胸の苦しさといったら悲鳴を上げたくなるほどだ。

「俺の家に来る?」

 期待通りのセリフなのに、嬉しくて嬉しくて思わずケイゴの腕にしがみつく。だけどすぐに「うん」とは言わない。
「どうしよう。明日仕事あるし……」
 早足で歩くケイゴはショッピングモールを出て駐車場に向かった。
「大丈夫」
「何が大丈夫なの?」
「とにかく乗って」
 目の前には真っ赤なコンパクトカーがあった。ボディはピカピカに輝き、まさに新車だ。言われるままに助手席に乗り込む。中は新しい車のにおいがこもっていた。
「新車でしょ? 車、買ったの?」
「うん。今日納車だった」
 どおりで、と頷きながら運転席のケイゴを見ると、サングラスを外している。
「これさ、暗くなってから、しかも人を探すときにはホントに不便だよね」
「そりゃそうでしょ」
 感慨深げに言うケイゴの様子に思わず吹き出してしまう。するとケイゴに睨まれた。
「あんなところでキスするほうもどうかと思うけど、されるほうもどうかと思うよね」
「み、見てた!?」
 そういえばさっき「俺以外の男とキスするな」と言われたが、誰もいないと思ったのにどこからか目撃されていたらしい。こともあろうに、一番見られたくなかった彼に……。
「しかもその後、ルリは逃げ足が速くて、何度見失ったことか」
「そんなこと言ったって、ケイゴがここにいるなんて知らないし。……っていうか、なんでここにいるの?」
 見覚えのある黒縁眼鏡にかけ直したケイゴは、静かに車を発進させた。
「ルリを探してた」
 それもさっき聞いたセリフだった。だけどどうして私がここにいると知っていたのだろう。不思議そうに首を傾げたのを、ケイゴがちらっと横目で見た。
「トシから連絡来て、ネネちゃんからのメールを転送してもらった」
 なるほど。ネネ経由なら今日のデートの行き先まで知っているのは当然だ。
「でもずっとケイゴと連絡取れないって聞いたよ?」
「うん。それが恥ずかしい話なんだけど……」
 ケイゴは本当に恥ずかしそうな顔で苦笑いした。
「ケータイの料金が未納で使えなくなってた」
「えー!? 忙しくて、じゃないの?」
「俺ね、正直に言うと少し前までは仕事が全然なかったんだ。だから今回、ドラマの仕事が決まって、マジで嬉しくてさ。それまでのバイト代とか全部使って旅行したわけ。そこでルリと出会った」
 言うべき言葉が見つからなくて、黙ってフロントガラスから見える街並みを眺めた。信号機の下の住所表示を見て、あれ、と思う。
「もうすぐうちの会社が見えるよ」
「うん。もうすぐ俺の家に着く」
「……え?」
 目を見開いたまま運転席のケイゴの顔を見つめる。彼の表情は穏やかなままで何を考えているのかさっぱりわからない。
 しばらくすると車はマンション下の地下駐車場に入った。見るからに新しいマンションだ。新しい車に、新しいマンション……。
「ここ新築?」
 車から降り、手招きするケイゴの隣に走り寄って小声で訊く。ケイゴは笑って肯定する。駐車場から直通のエレベーターで彼の部屋がある階まで上がった。
「まぁ、どうぞ」
 言われるままに部屋に入る。ここも新しい建物のにおいがする。しかも開けっ放しのドアの向こうにはいくつかダンボールの箱が見えた。
「え? 引っ越したばかり?」
「うん。昨日引っ越したばかりだね」
 唖然とする私の顔を見て、ケイゴは嬉しそうに笑った。
「働いた分の金が入ったし、これで人並みの生活ができるなって思うんだけど、どうかな?」
「どうかなって言われても……。一体、前はどんな暮らしをしてたの?」
 困惑しながら言うと、大きなため息が返ってくる。
「とてもルリには見せられない。会ってすぐ思ったけど、ルリは『ちゃんとした』男が好きでしょ?」
「そりゃ『ちゃんとしてない』よりは、ね」
 うんうんと頷いたケイゴは、急に「こっちがキッチンで、こっちが浴室で」と室内を案内し始めた。戸惑いながらその後につき従い、一通り部屋の中を見て回った。独り暮らしにしてはずいぶん余裕のある部屋だな、というのが素直な感想だ。
「どうかな?」
「いや、だから、どうって言われても……」
 ニコニコしながら返事を期待する目で見つめられているのだけど、ケイゴが何を言いたいのかよくわからない。部屋を褒めてほしいのだろうか。
「いい部屋だね」
 ケイゴは嬉しそうにうんうんと頷く。
「ルリの会社にも近いし、いいと思わない?」
「……ん? 何が?」
「明日はここから会社に行けばいい」
 眩しいくらいの笑顔でそう言ったケイゴの顔を茫然と見つめた。そのためにここに引っ越したってこと?
「だけど、前の日と同じ服で出社したら何言われるか……」
 全然働いていない頭で、やっと考え付いたことを言ってみるが、ケイゴの表情は変わらない。むしろ、更に嬉しそうだ。ホントに何を考えているんだか……。

「じゃあ、ここに住んじゃえば?」

 私はスローモーションで首を傾げた。彼もおどけて一緒に首を傾げる。
「何、言ってんの? ケイゴには彼女いるんでしょ?」
「ああ、あれね……」
 急にケイゴの顔が曇った。やっぱり、と私は内心酷くがっかりする。そんな期待させるようなことを言わないでほしい。冗談ならもっと冗談っぽく言ってくれないと。
 それほど都合のいい女に思われているのかとこっそり嘆息を漏らす私の耳に、ケイゴの暗い声が聞こえてきた。
「だからさ、あのときの俺はとりあえず仕事が彼女みたいなもんだったわけ。ルリに『付き合ってほしい』と言いたくても言える状態じゃなくて、それにルリはルリで俺のことは最初からあの夜限りって扱いだし、どうしようもないじゃん」

 え?
 ということは、ケイゴに彼女はいなかった……?

 あの曖昧な言い方は彼の引け目のせいだったのか、と思うと何だか脱力してしまい、その場にへなへなと座り込んだ。私があんな恥ずかしいことを言ったり、悲しく切ない気持ちになったのは一体なんだったのか。しかも最近の私なんか録画した彼を見ないと生きていけない身体になっちゃってどうしてくれるんだ。
 何もかも全部ケイゴのせいだ。

「大ウソつき!」

「ウソつきは嫌い?」

 ケイゴがしゃがんで私に目線を合わせてきた。微笑んでいるけど、不安そうに瞳が揺れる。ダテ眼鏡が邪魔だ。

「嫌い……だけど、好き!」

 えい、と黒縁眼鏡を勝手に外してびっくりした顔のケイゴに自分からキスをする。キスするならやっぱり彼の唇がいい。
 久しぶりのキスはこんなに長くキスしていられるんだ、と自分でも感心するくらい長い時間お互いの唇を確かめ合っていた。
 さすがに呼吸が苦しくなってケイゴの胸になだれ込むと、ぎゅっときつく抱き締められて胸が切なくなる。本当に実体のあるケイゴが私を抱き締めてくれているのが信じられなくて、彼の背中に手を回してぎゅっと抱きついてみる。テレビの中のケイゴもいいけど、やはり実物には到底かなわない。
「でも車もこの部屋も、全部ルリのおかげだね」
 しみじみとした声が上から聞こえてきた。
「どうして?」
「ドラマ、観てた?」
「うん」
「カジケンを殴ったところも?」
「うん。びっくりした。本当に殴ってるみたいに見えた」
 ケイゴはクスッと笑い、私の顔を覗き込んできた。

「『みたい』じゃなくて、本当に本気で殴ったんだよ」

 思わず「ええ!?」と言う声が裏返ってしまう。彼は悪戯が大成功した子どものような得意げな表情だ。
「コイツがルリを……って思ったら演技とか忘れちゃって、マジで殴っちゃったんだよね。気がついたらカジケンがよろけていて一瞬焦ったけど、まぁおかげで一発OKだったし、迫真の演技とか言われてドラマの視聴率上がって、俺にも他の仕事のオファーが来るし、やっと人並みの生活を送れるようになって、なんかもう全てルリのおかげ?」
 聞きながら、だんだん笑うしかないという心境になった。そんなことは露知らず、私はアホのように毎日録画したケイゴを眺めて生活していたのだ。
「しっかし、カジケンってマジでイケメンでムカつく。俺がここまで他人に憎しみを抱いたのは初めてだね。しかもルリの元彼っていうのが許せない。いつか絶対、カジケンを越えてやる」
 怒ったように言ってもケイゴは全然怖くない。それでも宥めるように背中を撫でた。
「でももし人気出ちゃったら、寂しいかも」
 冗談っぽく笑いながら言ったけど、実はこれが本音だった。カジケンなんかどうでもいい。勿論私だってケイゴを応援しているけれども、できれば人気はほどほどでいいと思っている。じゃないとまたカジケンと同じように、そのうちケイゴにも捨てられるかもしれない。
「俺はカジケンとは違うよ」
 私の顔を覗き込むようにしてケイゴが言った。
「忙しくて会えないとか、そんなの俺も嫌だし、そういうこと言いたくない。だから、さっき言ったのは冗談じゃないんだ。本気で考えてほしい」
 真剣な表情でそれが冗談じゃないことは痛いほど伝わってくる。だけど全部があまりにも突然すぎて、これが現実のことなのかどうかさえ疑わしい。
 とりあえず、頬をつねってみた。
「いたっ!」
「何やってんの?」
「これが夢だったら嫌だなと思って」
 いきなりケイゴが私に頬をこすりつけてきた。
「ルリ、マジでかわいい。もう一回言っていい?」
 何を?
 ドキドキしながらケイゴの目を見た。真面目な顔をした彼から目が離せなくなる。

「俺はルリが欲しい」

 胸がいっぱいになって、涙がこみ上げてきた。

「これからずっと俺の恋人でいてくれませんか?」

「……よろこんで!」

 歓喜の嵐が二人を静かに包んで、ただ抱き合っているだけで幸せな気持ちがお互いの身体中からあふれてきそうだ。
「だけど、ルリもウソつきだよね」
 喜びに浸っていると笑いながらケイゴがそう言い出した。
「私のどこが?」
 ウソなんかついた記憶がない。思い切り凄んで見せたが、ケイゴは涼しい顔だ。それからクスッと笑って、急に鬼の首を取ったような表情をした。
「俺に興味ないって言った。あれ、ウソだよね」
「え、あのときは……なんていうか、その……」
 そういえば遊園地で本人に向かって思いっきりそんなことを言った気がする。動揺する私を見てケイゴは小さくため息をついた。
「あのときはもうルリに心を奪われてたな。『ウソつきは泥棒の始まり』って言うけど、本当にルリは泥棒だよ。ドラマの撮影中もずっとルリのことばかり考えていて、もう新しい彼氏いるのかなとか……。そしたら本当にデートしてるし」
「何よ、泥棒はケイゴのほうじゃない! 最後にあんなキスとかしたら、ケイゴのこと忘れられなくなるでしょ!?」
 どうして私が責められなくてはならないんだ、と憤慨しながら、思っていたことをぶつける。するとケイゴはほんの少し首を傾げて見せた。
「俺のこと考えてくれてたんだ」
「考えるどころか、毎日毎日テレビの中のケイゴを見て生活してました。悪い!?」
 これだけは言わないで秘密にしておこうと思っていたのに、つい勢いでバラしてしまった。情けないと思いながら上目遣いでケイゴを見るとおでこをぽんと軽く叩かれた。
「それじゃあまるで俺の熱烈なファンみたいじゃん」
「だって実際そうなんだもん」
「だから平気で他の男とデートしてキスできるんだ?」
「違うってば! 別にあの男を好きなわけじゃないし、キスだって無理矢理された事故なの!」
 まるで私が悪い女のように言うケイゴにカチンときた。シンジに妬いてくれるのは嬉しいけど、そもそもケイゴが妙なウソをつくから、まわりまわって私がシンジにキスされる羽目になったのだ。ふくれ面でそっぽを向くと、機嫌を取るような声がしてくる。
「わかった。もう言わない。その代わり……」
 彼の手が私の顎にかけられる。
「これからはここで毎日俺を見て生活すること」
「……うん」
 そういえば今夜はドラマの最終回の日だったな、とケイゴのキスを受け止めながらぼんやり思う。そう思うと急に演技しているケイゴの姿が見たくなった。いつ私のことを考えてくれていたんだろう。確かめるためにももう一度最初から見直さなくちゃ。
 そのうちケイゴの手が下着の隙間を探り当てて忍び込んでくる。触れられるのは嬉しいが、急に部屋の中に無造作に置かれたダンボールの箱が気になった。
「……ねぇ、荷解きとか、しないと……ダメなんじゃ……」
「そんなの後でいいよ」
 切羽詰ったような表情のケイゴが私を床の上に押し倒し、首筋にキスを落とす。甘い痺れが身体中を駆け抜けていくのをうっとりと感じる。
「酔っ払って素直になったルリもすごくかわいいけど、やっぱり俺はちょっとプライドが高くて全然素直じゃないルリが好きだな」
 器用な手つきで下着の中に指を滑り込ませながら、ケイゴは掠れた声で言った。私の身体はもう熱し始め、彼の動きによって生み出される快感を余すところなく貪欲に感じ取ろうとする。
 なぜだかふと、占いのことを思い出した。
「ねぇ、占いって信じる?」
「どうかな。そういうものを頼るのは迷ってるときだからね」
「ああ、そうかも」
 ケイゴの意見が意外だったが、私はあのとき占い師を胡散臭いと思いつつも、失恋のせいで自分では見えなくなってしまった未来に一筋の光でも見出してほしいと切望していたのだ。
 なんだ、そうか。そんなことだったんだ。
 この世で一番わけのわからないものは自分かもしれない。
「俺は自分に都合のいい部分だけ信じる」
 クスクス笑いながらケイゴが私の敏感な部分をゆっくりと撫でる。軽く触れただけなのに強い刺激が足裏にまで走り、切ない悲鳴を上げてしまった。まるで自分の声が自分のものじゃないように聞こえる。彼にもっと見つめられたくて、もっと愛されたくて悲鳴を上げている今の私は誰よりも素直で幸せモノだと思う。
「でもケイゴも……どうせならもっと、マシなウソ……つけばよかったのに」
 荒い呼吸の合間にしゃべるのはとても辛いのだけど、彼の愚かなウソが愛しくてどうしてもそれを言いたくなった。すっかり美しいオスに変身したケイゴは性急な動作はそのままで少しだけ笑って見せる。
「だから騙すつもりじゃなかったし、そんな余裕なかった。ただルリが欲しくて……」
 甘く囁く声が私を溶かして潤す。身も心も愛される悦びに心が打ち震えた。一夜だけの恋なんかもうこりごりだ。明日も明後日もその先もずっと私を悦ばせてくれるのはケイゴじゃないと……。

「もう二度と離さない」

 酷く思い詰めた顔のケイゴが私の真上に来て言った。手を伸ばし、頬を包み込むようにそっと触れると、彼の表情がフッと緩んだ。できるなら私も、不器用だけど真っ直ぐな彼の生き方をずっと傍で見ていたい。
 ケイゴがゆっくりと動き出した。慌てて彼の腕に縋りつく。見た目の印象よりも案外筋肉質で、この腕に抱かれているとなぜかとても安らかな気持ちになる。
 乾いた都会の一室だというのに、私はなぜかあの夏の濃緑色に染まる避暑地の爽やかな空気を感じていた。燃え上がって消えてしまうはずの一夜の恋が、今夜から終わりのない恋になる。
 本当に未来のことなんか誰にもわからない。だけど、私が彼を求める熱はいつまでも冷めることはない。たとえ寒い冬の夜でも、彼が私の傍にいる限り、ずっとずっと永遠に――。

〈 END 〉

back page top  web拍手 by FC2
2010/09/16

Designed by TENKIYA /// HOME / text / 【恋愛遊牧民R+】