探るように這い上がってくる陸の指が沙希の下着へ到達すると、その指は迷わず熱くなった部分をなぞった。沙希が必死に足を閉じても、細く長い指は器用に奥へ入り込み、すでに湿っている箇所を見つける。
沙希が鋭く息を吸い込むのと同時に、隣で陸がクスッと笑った。
「恥ずかしいの?」
小さく頷くと、陸はゆっくりと円を描くように指を動かし始めた。
「や……ぁ、んっ……、あぁ……」
下着の上からでも陸の指は沙希の敏感な部分を巧みに刺激する。しだいに布地越しの感触では物足りなくなり、沙希は頑なに閉じていた足から力を抜いた。それでも陸はしばらく沙希の弱いところをじらすように撫でていた。
「こんなに濡らすなんて、お前もずっとこうしてほしかったんでしょ」
「そういう、わけじゃ……」
「じゃあ、やめる?」
一瞬、指が沙希の身体から離れた。沙希は真横のいたずらな光を宿した陸の瞳を覗き込む。陸が触れていた部分がせつない悲鳴を上げ、それが沙希の全身を震わせた。
「やめ……ない……で」
クスッと笑う陸の吐息を感じた直後、唇がふさがれる。柔らかい口づけの合間に、陸の左手は胸の先端をつまみ、空いている右手がするりと器用に沙希の下着を剥ぎ取った。ついに熱くなった秘部を陸の指が直にふれた。
「んん……っ!」
すでに花弁までも潤っているので、陸はためらうことなく奥へと進み、蜜を指に絡ませ、おずおずと沙希の内部へ侵入した。難なく奥まで到達すると、ゆっくりと戻ってくる。
2回目は遠慮を捨てたのかすばやく最奥をめざし、内壁を擦るように指先をわずかに動かした。
「やぁっ……!」
「嫌なの?」
「や……じゃない……っ」
「違うだろ。そういうときはなんて言うの?」
「わか……んな……っ」
「ホントは知ってるくせに。言ってみてよ」
「い……、やぁっ」
「じゃあどうなっても知らないから」
言うが早いか、陸は指をもう1本増やし、最奥部を抉るようにかき混ぜると、左手を下腹部へ滑らせた。その不器用な左指が沙希の花弁を撫でる。
「やっ……ん、んっ、あぁ……」
沙希の中心に抜き差しされる指は少しずつそのスピードを上げ、花弁はたどたどしい手つきでめくられた。むき出しになった花の芯へ陸の指がふれる。
「あぁ……ん!」
一際高い声が意志とは無関係に出てしまい、止められない。
陸が満足そうに笑う。
「どう? これは、嫌?」
「い……いっ、いいの! きもち……いぃ」
「もっと?」
「もっと、し……て」
「いいね。……こう?」
熱く膨らんだ芯を陸の指で擦られると、箍(たが)が外れたように沙希は艶を帯びた声を上げた。敏感な部分はさらに鋭敏になり、沙希はもう陸の指の動きと、そこからもたらされる悦楽しか感じられなくなる。
官能をこれ以上ないほど煽られて、最後の階段を一気に駆け上がった。
「あぁ、はぁっ……あああ……っ!」
倒れこむように陸の胸へ顔を埋めると、陸は名残惜しそうに指を抜いた。それから上体を少しだけ起こして、愛おしそうに沙希の肩先から腕を撫でた。
「俺も気持ちよくしてよ」
沙希が困ったように笑うと、陸は弾けそうなほど固くなった自身を蜜のこぼれる入口へとあてがう。確かめるように沙希の顔をじっと見つめながら、先端を埋めた。
「はっ、あ……っ!」
「痛い?」
「んんっ……」
首を横に振る。いつもより痛みが少ないように思われた。陸もそれを感じるのか、「ん?」と不思議そうな声を出した。
「ここ、前より柔らかくなってる? でも、なんだろ……、すげぇ、いいかも」
沙希の身体に体重をかけないよう、陸は腕で上半身を支えている。二の腕の逞しさに魅せられて、沙希は思わずその筋肉にふれた。きっとこの腕に守られていれば、安心していられる――そんな気がした。
「痛くない?」
「ん……っ」
陸が最奥まで入ってくると、ぞくりと背中が粟立つ。沙希は無意識に腰を反らせ、元に戻ることでさらに陸を奥へと誘う。その動きに合わせて陸は勢いよく腰を突き出した。
まだ快楽と呼ぶには小さすぎる波だが、遠くのほうで行きつ戻りつするその波を、沙希は確かに感じていた。波が押し寄せるのと、沙希が波打ち際まで歩み寄るのと、どちらが早いだろうか。
(なんだか少し怖いけど……でも嫌じゃないかも)
陸の切なげな吐息がだんだん荒くなる。沙希は陸の首に手をまわした。
「もうっ……、イ……っ!」
額を沙希に預け、悩ましげな表情で目を閉じた陸は、本能のままに張りつめた昂りを解放した。
「沙希、大丈夫?」
「うん」
すばやく上体を起こし、陸は心配そうな顔をする。
「ごめん、ちょっと最後のほう、お前のこと考える余裕なかった」
「ううん。大丈夫だったよ」
沙希は手をのばし、陸の腕を撫でた。これまで以上に満ち足りた気分だった。身体が変化していく不安を、陸も共有してくれているような気がして心強い。
「一緒にシャワー浴びに行く?」
心地よい気だるさに包まれているので、このまま目を閉じたらすぐに眠ってしまいそうだ。
「眠いけど、シャワー浴びたほうがいいよね」
「妊娠中は清潔にすべき、と本に書いてあっただろ」
眉を寄せて神経質な表情をする陸がおかしくて、沙希は思わず噴き出した。
「本、読んでくれているんだね」
「もちろん。夫として当然のことだね」
「……アレでしょ、夫婦生活について書いてあるところだけ見たんでしょ?」
「やべっ……バレてる!」
母子健康手帳の交付を受けたとき、妊娠から出産後までを解説した冊子も一緒に手渡されたのだが、これが驚くほど内容が充実していた。
いいものをもらった、と思いながらパラパラとページを繰っていると、突然「この時期の夫婦生活について」という項目が現れ、沙希も目が釘づけになった。イラストとはいえ、男女の絡み合う姿がページのまん中に掲載されていたからだ。
「あれ、参考になるよな」
「ま、まぁね」
「後ろから……もいいらしい。今度試してみない?」
「え……」
「横になったままできるから心配するな」
沙希が不満そうに口を尖らせると、陸はおもしろがってその口を指でつまむ。
「ほら、風邪ひくぞ」
はだけたネグリジェを陸は乱暴に閉じた。それからベッドの脇に脱ぎ捨ててあったパジャマを、すばやく身に着ける。沙希が片肘をついて起き上がろうとすると、すかさず逞しい腕が沙希の上半身を支えて抱き起した。
カーテンの内側には大きな鏡があり、沙希は戸惑いながらその前に立っていた。とりあえず着ていたワンピースを脱ぐ。すると隣にいた女性が裾の膨らんだドレスをハンガーから下ろし、提灯(ちょうちん)を折り畳むようにスカート部分を縮めて、沙希の前に置いた。
「これは9ヶ月の妊婦さんでも着ることができますよ」
はぁ、とまぬけな声で相槌を打ち、ドレスの裾をまたいで中心部に立つ。ドレスを胸元まで引き上げてもらうと、鏡の中にはウエディングドレスに身を包んだ沙希がいた。
「とてもよくお似合いです!」
草刈(くさかり)と名乗ったウエディングドレスショップの店員は、笑顔で鏡の中の沙希に言った。
しかし沙希は曖昧なほほえみを浮かべ、少し首をかしげる。ドレスの表面はチュールの布で覆われていて、同じチュールで作った花が点在していた。その花が自分のイメージとは違う気がして首をかしげたのだ。
「ねぇ、もう開けてもいい?」
カーテンの外側からテオの声が聞こえてきた。
「あのな、開くまで待てよ」
「陸だって早く見たいでしょう」
陸とテオのやり取りを耳にして、草刈が慌ててカーテンを開ける。
「お待たせしました。どうでしょうか?」
「わぁ! かわいい!」
真っ先に声を上げたのはテオだった。沙希は気恥ずかしくて上目遣いで陸を見る。
「かわいいよ」
陸はまぶしそうに目を細めた。
「でもちょっとかわいすぎて、私に似合っていない気がする」
「ま、それ、選んだのはテオだからな」
陸の言葉にカメラのシャッター音が重なる。
「うん。やっぱり沙希が着るとかわいいね」
「お前はカメラ小僧か!」
沙希は騒がしい観客に苦笑しながらカーテンを閉めた。次は陸が選んだドレスを試着する。ビスチェタイプで細身のドレスだ。
ウエディングドレスの試着はさぞかし大変で疲れるだろう、と想像していたが、実際着替えにはそれほど時間がかからなかった。むしろ普通の服を着るより楽かもしれない。なにしろドレスの中心部に入ったら、胸元まで引き上げ、チャックをするだけでいいのだから。
草刈に手伝ってもらい、2着目を着た。
「これは先ほどのドレスに比べると、ずいぶん大人っぽくなりますね。浅野さんはデコルテがおきれいですし、お腹もほとんど目立っていないので、こういう縦のラインを強調したドレスもよくお似合いです」
沙希は鏡の中の自分を見て、困ったように笑う。これはすっきりしたデザインで嫌いではない。しかし――と鏡越しに、後ろの陸を確認する。
「ねぇ、隣に来て、並んで立ってみて」
「うん」
陸が靴を脱いでフィッティングルームへ入ってきた。沙希が移動してもいいのだが、ドレスのトレーンが絨毯との摩擦でなかなか動かない。振り返るのもやっと、という感じだ。
白いタキシード姿の陸が隣に並んでも、なんだか寂しい気がして、沙希はまた首をかしげた。
「おふたりともスマートなので、ドレスにもう少しボリュームがあってもいいかもしれませんね」
草刈が沙希の胸の内を代弁した。
「ま、でも写真撮るから、ふたりともこっち向いてよ」
カメラを構えたテオは気軽に言った。草刈は慣れているのか、機敏な動きでトレーンを持ち上げ、沙希をカメラのほうへ方向転換させる。そして「あ、新郎の立つ位置は必ずこちらでお願いします」と、陸を沙希の右側へ誘導した。
「なんか緊張する」
そう言いながらも陸は沙希の腰に手をまわし、カメラにほほえみかけている。向かい側の空いているフィッティングルームの鏡に映るその様子を、沙希は夢のような気持ちで眺めた。
「ブーケを持つとこんな感じになりますよ」
草刈が差し出したのは造花で作られたブーケだったが、純白のドレスに赤やピンクの彩りが添えられるだけで、急に華やかな雰囲気になった。
「これにちょっとインパクトのある大きめのヴェールをすると、ますます映えるかもしれませんね」
沙希が目をしばたたかせている間に、草刈は縁取りのついたヴェールを持ってきた。前髪より少し上でコームを差し込み、ふわりと両サイドに垂らす。
テオが思わず立ち上がった。
「沙希! ボクと結婚して!」
「無理。ていうか、沙希は俺の妻だし」
「陸には聞いてないから!」
プッと沙希が噴き出すと、写真に入らないよう脇で控えていた草刈も笑った。
「本当のご兄弟のように仲良しなんですね」
「いいえ、全然」
陸はテオを睨んだまま短く言った。
突然ウエディングドレスの試着をすることになった経緯について、実は沙希本人も把握しているとは言い難い。
陸と久しぶりに愛を交わした夜、シャワーを浴びてふたたびベッドに戻ると、陸が言いにくそうに口を開いた。
「なんか俺、役員になるらしい」
沙希は驚いたが、それと同時に予想よりも早くこのときが来たのだ、と思った。
「それはおめでとう……って、あまり嬉しくなさそうだね」
「全然嬉しくないね。肩書きがほしくて仕事しているわけじゃねぇし。だけど、今までやれなかったことができるかもしれないから、いらないとは言わない」
そう言って陸は不敵な笑みを浮かべた。
そして急に教会で結婚式を挙げようと言い出したのだ。
「式だけ?」
「そう。披露宴は帰省したときにしようかな、と。どうせ俺も沙希も両親はあっちにいるんだし。でも式だけはこの子が生まれる前にしたいって思ったんだ」
「……なんで?」
「うーん、なんとなく。沙希はしたくないの?」
「いや、したいよ。それに生まれてからだと、赤ちゃんのお世話もあるし、体力的にも自信ないし……」
「だろ? マタニティ用のウエディングドレスもあるから、近いうちに試着しに行こう」
こういうときの陸は驚くべき行動力があって、試着の予約や教会への問い合わせを翌日の午前中までに済ませていた。
結局、式は1か月後の日曜の夜になった。招待するのはごくわずかな人数に絞り、沙希の負担にならぬようその場で解散というプランだ。
「夜の結婚式なんて素敵じゃない!」
急いで手作りした招待状を友人の房代に渡すため、沙希は会社の昼休みめがけて出かけてきた。房代とよくランチをしたカフェで、久しぶりにホットドックを食べる。変わらない味に満足して、いつものコーヒーではなくウーロン茶を飲んだ。
向かい側で房代が招待状を熟読していた。
「あの、そんなに熱心に読むようなものではないよ?」
「いや、やっと沙希ちゃんのウエディングドレス姿を見ることができるんだーって思ったの。それで、何人くらい来るの?」
沙希は苦笑する。
「えっと、招待しているのは会長夫妻と、S社の取締役のご夫妻と……」
「えっ、えええ!? それと坂上家の皆さん、って感じ?」
「そうだね」
房代が目を丸くして固まる。
「あの、私、そんなところにのこのこ行っても大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ。テオは高校生だし」
「でもテオくんはフランス人でしょ!? 日本人の庶民は私以外招待されていないってこと?」
「庶民って……」
「あ、亀貝さんは?」
「一応、招待状は出した」
「そっか。まぁそれなら少し安心した」
房代の言葉がおかしくて、沙希はついいじわるを言う。
「亀貝さんは欠席かもよ」
「いや、あの人は絶対出席するよ。沙希ちゃんのウエディングドレス姿を見に来ないわけがない」
「そうかな。だとしたら変な人だね」
「あの人は変だよ、絶対!」
あまりにも房代が力説するので、潤也がかわいそうになるが、逆に考えると社員たちが潤也に親しみを感じるようになった証拠だ。これはよい傾向だと思う。
房代とともにカフェを出て、空を仰ぐと、沙希の頭上を白い雲がぐんぐん流れていた。ふとK社に入社し、初めて本社に出勤した朝のことを思い出す。それから陸と再会し、沙希の時間は加速度をつけて動き始めたのだ。
「沙希ちゃん、行こう」
振り返ると房代が手招きしていた。それに笑顔で答え、房代の後を追う。
沙希は退職の挨拶をするために、K社の門をくぐった。
沙希とともに挨拶まわりを終えた陸は、自席に戻り、ノートパソコンに向かった。やりかけの作業を再開しようと思ったが、新着メッセージがあることに気がついた。開いてみるとD自動車の社長からのメールだった。
(なんだよ、社長直々に)
身構えてメールを開く。
内容は簡素なもので、会食の申し入れだった。
(ていうか、あんなことがあったのに、食事に誘うってことは……謝罪? なんかするわけねぇよな)
しかし仕事の件であれば、D自動車との関係を多少なりとも修復するチャンスだ。腕組みして10秒ほど画面を凝視する。
(これはジイさんに相談したほうがいいか)
電話をかけようと手を伸ばしたところ、その電話が鳴った。内線のランプがついている。
「やぁ、陸くん。コーヒー2つ、喫茶室のお姉さんに頼んでくれないか?」
受話器の向こうから、S社の折戸の陽気な声が聞こえてきた。
「折戸さん! すぐに行きます」
「慌てるな、陸。まずコーヒーを頼む。なにがあっても、これを忘れてはいけない」
「了解です。コーヒーを頼んでから、すぐにそちらへ向かいます」
陸は折戸との通話を終えると真っ先に喫茶室へコーヒーを頼み、堂本からのメールを祖父へ転送した。
階段を軽やかに駆け下り、商談室へ向かった。陸は分厚いファイルとともに結婚式の招待状を手にしていた。郵送しようと準備していたが、手渡したほうが早い。
「折戸さん、まずこれを受け取ってください」
封筒を受け取った折戸は、満面の笑みを浮かべた。
「お、これは我々も招待されているのかな?」
「もちろんです」
陸がそう答えると、折戸は嬉しそうに頷いた。それから封を丁寧に開け、招待状を開く。
「おや、おいしい酒が飲めると思ったのに、宴会の予定が書かれていない」
「すみません。妻の体調のこともあるので、今回は式だけにします」
「そうか。いや、そうだ、そのほうがいい」
折戸が招待状を内ポケットにしまうのを見届けると、陸はファイルを開いて写真を取り出した。途端に向かい側で「おお」と声が上がった。
「ついに完成したか」
「ほぼ完成です」
「そうか。やったな! それで実際に機材が入るのはいつ?」
「明日です。全部運び込めるかどうかは作業の進み具合によりますが」
目をこらして写真をひとつひとつ見る折戸の様子を、陸は向かい側から少し緊張しながら見つめていた。
写真に写っているのは、なにもないがらんとした小ホールと、ガラスで内部の空間を隔てた部屋だった。