テストが終わった。
高校二年の二学期の中間試験だからそれほど重要なテストではない。ちょうど高校生活の折り返し地点で、クラスの雰囲気は中だるみもいいところだった。
だが、陸はまるで一生がかかったテストのような意気込みで臨んでいたので、無事に終わってホッとした。
採点されたテストが戻ってくるたび、こみあげる喜びについニヤニヤしてしまう。
「浅野、変わったよな」
隣の席のクラスメイトが話しかけてきた。
「どこが?」
「前はいつもシケた面で近寄りがたい感じあったし、お前ってほら、俺らの敵だからさ」
陸はその言葉に苦笑した。未だに休み時間に他の学年の女子が陸を見物に来る。それを指しているのだろう。
「でも最近のお前、ヤケに活き活きしてない?」
思わず噴いた。
「わかる?」
「なんかいいことあった?」
「まぁね」
「てか、その顔ヤバいだろ」
そう言われて陸は慌てて顔を触る。クラスメイトは陸の肩を叩いて立ち上がった。
「俺、お前にちょっと親近感わいた」
陸は驚いてクラスメイトを改めて見る。彼は片眉だけ上げて見せて教室を出て行った。
クラスメイトの中にはいつもつるむような友達がいない。かといって孤立しているわけでもないが、陸にとって決して居心地のいい場所ではなかった。だから嬉しかった。
(最近、いいことばかりだ!)
今日は担任にもテストの結果が良かったことを褒められた。今まで赤点こそ取ったことはなかったが、今回全教科80点以上取れたのは自分でも奇跡ではないかと思う。
(でも沙希の言ったところだけしか勉強しなかったんだよな。……アイツ、すごくね?)
制服のポケットに手を突っ込んで携帯を触ったが、そこで動作を止める。今日は家庭教師の日だ。直接会って報告したい。
(いい加減、覚悟しろっつーの)
もう顔がニヤけてることなどどうでもよくなった。
「えーーー!? ホントに?」
沙希は机の上に並べた解答用紙を次々に手に取り見比べた。陸は腕を組んで得意げに反り返った。
「ちょっと、すごいじゃん!」
興奮して沙希は陸の腕を軽く叩く。沙希が喜ぶのを見て頑張った甲斐があったと思った。
「だから俺は言ったことはきちんとやる男だってわかった?」
「それはよくわかんないけど」
「……おい!」
「でもやればできる男だっていうのはわかった」
「おお!」
(めちゃくちゃ嬉しい!)
思わず椅子に座ったままキャスターを転がして近寄り、沙希を抱きしめた。当たり前のようにキスをする。
「今回だけじゃなくて次も頑張ってよ」
鼻がくっつきそうな距離で沙希は言った。返事の代わりにもう一度キスする。
「ね、ご褒美ちょうだい」
「えー!?」
低い声で嫌そうに言いながらも、沙希の顔は笑っていた。もう計画はずっと前から立ててある。陸はカレンダーをチラッと見た。
「今週末は会える?」
沙希もカレンダーのほうを見た。一瞬考えるような顔をしたが、すぐに頷いた。
「たぶん大丈夫」
「じゃあ、いいよね?」
「……どうだろ?」
(それはYESだってもうわかってるし)
陸は沙希の膝に手を置いた。ゆっくりとその手を太もものほうへ上げていく。
「ちょっと何してるのよ! 今はダメでしょ」
「今じゃなきゃいいのか」
そう言ってる間も手は太ももから離さない。沙希はさすがに陸の手をつかんで引き剥がそうとした。
「……ダメ!」
一旦動きを止めた。沙希の顔をじっと見る。少し頬が紅潮しているように見えた。
「何がダメなの?」
顔を近づけてささやくように言うと、沙希はうつむいて苦しそうな顔をした。それを確認するとまたゆっくりと太ももを撫でる。すると沙希は完全に下を向いて嫌々をするように首を左右に振った。
「やめ……て」
「ちょっとだけ」
「ちょっとって……何?」
「触るだけだって」
「……ダメ……だよ」
「いいじゃん」
一気に太ももの付け根まで撫で上げて下腹部を軽く掠める。
「……やっ!」
沙希は激しく首を左右に振って顔を背けた。その頬を両手で包んで顔を上げさせると一気に口付けた。閉じた唇を舌で割って侵入して沙希の舌を探す。
すぐに沙希はそれに応えてくる。少しだけのつもりだったが止まらなくなりそうだ。沙希のシャツのボタンをいくつか片手で外し、するりと下着の中へ手を滑り込ませた。
「……んんっ!」
ふくらみに指を這わせると沙希は身を捩った。突起を指の腹で優しく触ると敏感に反応した。
「感じてる?」
「……やっ」
(ヤバい……)
陸は一瞬迷ったが沙希の胸元から手を抜いた。ここでやめないと最後まで止まらなくなりそうだった。沙希が大きな目で何かを問うように見つめてくる。
「続きは……今度。最初はきれいなところでしたいし」
すると沙希の顔が徐々に笑い顔になった。そして大きく深呼吸する。
「『言ったことはきちんとやる男』だったもんね」
「まぁね」
沙希はシャツのボタンを止める。その手を見ながら陸はニヤニヤしていた。
「何?」
「ちっちゃいなぁ」
途端に沙希が陸の脇腹を突っついた。くすぐったいが逃げずにこらえる。
「ちっちゃくてかわいい」
「見てないくせに」
「触ったからわかる」
恥ずかしいのか沙希がぎゅっと目を瞑った。
(でも、やっぱり慣れてるな……)
陸は沙希の反応を見てそう思った。沙希に初めて会ったとき、何の根拠もないが男性経験がないのではないかと思ったのだ。推測というよりは願望だったかもしれない。
(全然違うし。それに……)
陸は隣を忌々しげに見る。沙希が澄ました顔で少し首を傾げて見せた。
「ちょっと、何考えてるの?」
沙希が陸の腕を突っついた。
「いや、沙希って今までにないタイプだな、と思って」
怪訝な顔をして沙希は首を大きく傾げた。
「どういう意味?」
「だって沙希みたいな人がゲーム好きとか、意外じゃね?」
「そうかな? 昔から下手だけど好きだよ」
「つか、話が合うのが意外」
「だって浅野くんって話しやすいんだもん」
ドキッとして、どう反応していいのか困った。嬉しすぎて顔にそれが出てしまう。気がつくと沙希に抱きついていた。
「やっぱり?」
(もう離したくない……)
そう思いながら沙希の首筋にかかる髪に顔を埋めた。
「わー! きれいな部屋」
沙希は入るなり小さく叫んだ。楽しそうなので少しホッとする。
待ち遠しかった週末がやっと来た。陸にとってはこの何日かがやけに長く感じた。まるで遠足を楽しみにしている子どものような心境だった。
だが、並んでソファに腰を降ろしたところで陸は急に緊張してきた。
(ヤバい……)
逆に沙希は余裕があるのか、陸の様子を見てぽんぽんと膝を叩いてきた。そして少し首を傾げて顔を覗き込んでくる。
「……大丈夫?」
「大丈夫なわけないだろ。こんなに好きな人を目の前にして……」
ずっと待ち焦がれていたその時が来たというのに、陸は心臓が自分の胸を破って出てくるのではないかと思うくらいドキドキして落ち着くことなどできそうになかった。
「……好きな人?」
沙希は大きな目を何度か瞬きする。まつげが長くて瞬きのたびに音がしそうだと陸は思った。
「大好き」
抱きしめてから耳元でそう言った。首筋の髪を払いのけて唇を這わせると沙希が身震いする。それからトップスの裾から手を忍ばせて下着をめくり上げた。沙希の身体が熱くなっている。それと同時に自分の手が緊張で冷たくなっていることに陸は気がついた。
「……やっ!」
小さく叫ぶ声がかわいいと思う。蕾のような胸の頂を弄ぶと沙希の身体から力が抜けて身を預けてきた。
「脱がせちゃおう」
「え?」
「いいじゃん。沙希の身体、見たい」
たぶん初めて会ったときからずっとそう思っていた。
着ているものを剥ぎ取るようにして下着だけの姿にして自分の前に立たせる。思わず息を呑んだ。
「……きれい。こんなにきれいな身体、初めて見た」
想像以上に白い。肌も目立つような痕がほとんどなく滑らかで美しい。沙希は恥ずかしそうに顔を伏せる。
脇腹から太ももへ両手を滑らせる。身体のラインがシャープで余計なものが何もない。
(理想っていうか……それ以上! モロに俺の好み……)
もう我慢などできない。
「シャワー行くか」
そう促すと沙希はうつむいたまま小さく頷いた。
シャワーを終えて部屋に戻ってくると、沙希はタオルを巻きつけたまま陸の後ろをおそるおそるついてきた。
自分のタオルをソファーのほうへ放るとベッドの布団をめくって潜り込み、沙希に手招きする。沙希はゆっくり近づいてきてベッドに腰を降ろした。すぐにタオルを剥ぎ取ってベッドの中に引き入れた。
覆いかぶさって上から沙希の顔を覗き込むと、不安げな色の瞳がじっと陸を見つめていた。
(ヤバい。マジで緊張してきた!)
「どうしよ。めちゃくちゃ緊張するんだけど。……手が震えてる。こんなの初めて」
正直にそう告白すると沙希の表情が和らいだ。そして手をのばして陸の肩に触れた。
だが、陸の緊張はますますエスカレートするばかりで沙希に触れるのが怖くなった。まるで彼女に触れると裁きに遭うかのようにドキドキした。他人のものだからというのもあるが、それよりあまりにも美しい身体を目の前にして穢すのが畏れ多い気がする。
震える手で沙希の顔を触った。後ろ髪を沙希の手が撫でる。少し心が落ち着いてきた。
唇をついばむようにキスをすると沙希がそれに応えてきた。頭の中で強く働いていた自制心が吹っ飛ぶ。そこからは無我夢中で沙希の身体をむさぼった。
下腹部へ手を伸ばして一瞬止まる。沙希の目を見ると少し悲しそうに瞳が揺れた。
「ごめん、俺、下手だね」
「違うの。私……あんまり」
「濡れない?」
沙希がかすかに首を縦に動かした。
「いつも?」
また同じように首が動く。表情が悲痛なものに変わった。
困惑しながらも陸はもう一度沙希の秘部を探り始めた。徐々に沙希の息遣いが荒くなり花弁も潤ってくる。陸は確かめるように中心へ指を埋めようとした。
「やっ!」
突然沙希は大きく頭を左右に振って陸から逃れた。
「痛い? ごめん」
沙希は泣きそうな目で天井をぼんやりと見つめていた。それから気がついたように陸に視線を合わせる。
「ごめんね。私、指挿れられるのがなんか嫌なの」
(…………?)
沙希の顔が奇妙に歪んだ。ズキッと胸が痛む。本能的に今はこれ以上踏み入るべきではないと感じた。
「じゃあ、これは大丈夫?」
陸はできるだけ明るい表情を作って上体を起こした。沙希の不思議そうな顔は陸の動きを追ううちに少し険しくなる。
「ちょっ……」
沙希を見つめたまま陸は下腹部に唇を近づける。沙希は悲鳴のような声を上げたが嫌ではなさそうだ。そのまま舌で丁寧に襞をなぞる。
「やぁっ!」
喘ぎ声が部屋にこだました。陸は安堵する。できるだけ優しく刺激すると沙希はそれに敏感に反応した。
陸の唾液と沙希の蜜で十分に潤ったところで陸は舌を指に替えた。舌よりも強い刺激に沙希は一段と高い声をあげる。
「やっぱり舌のほうが指より優しいからいい?」
沙希の横に戻ってきた陸は耳元で囁いた。その間も既に見つけた沙希の弱い部分を指で攻める。沙希は堪らないというように目を閉じて頬を赤らめた。
「ねぇ、聞かせてよ。お前のかわいい声」
「……やぁ! ああっ……!」
一気に昇りつめたようだった。沙希がしがみついてきた。肩で荒い息をしている。
「イけた?」
沙希は困ったような顔で笑った。それじゃあ、と陸はベッドのヘッドボードへ手を伸ばした。
「つけなくてもいいよ」
「は?」
陸は自分を見上げている沙希の目をまじまじと見た。一瞬言っていることの意味がわからなかった。
「今日たぶん大丈夫だし……それにあんまりつけたことないから」
(それ、どういう……)
問いただしたかったがそんな余裕はない。沙希がいいと言うならいいじゃないか、と開き直る本能に負けた。
「痛かったら言って」
こくんと頷いた沙希の額に口付けて、先端をあてがいゆっくりと進む。狭い。すぐに沙希は苦痛のために険しい表情をする。
「痛い?」
「……大丈夫」
「嘘だ。痛いくせに」
一旦止めて、またゆっくり奥へ侵入する。今度は最初より楽に受け入れられた。陸が最奥まで呑み込まれると沙希は大きく息を吐いた。
「入った」
隔てるものが何もない。久しぶりなのもあって陸は既にはじけそうだった。
「生なのもあるけど、お前の中、気持ちよすぎ」
ゆっくりと動き始めた。沙希がじっと見つめてくる。先ほどは苦痛だった顔が今は満ち足りているように見えた。
「ヤバっ!」
急に大きな波が襲ってきた。陸はそれに抗えず、気がつけば自分自身を激しく沙希に打ち付けていた。
「あっ、イっ……!」
慌てて引き抜いた。
「あーあ、イっちゃった……」
陸は思わず苦笑した。
「ダメなの?」
沙希がクスクス笑いながら訊いてきた。
「ダメだろ。いくらなんでも早すぎ。マジで自信失くすわ」
「そう?」
ティッシュで沙希の腹の上をきれいに拭き取ってから添い寝する。自分にガッカリしながらも充足感はそれ以上だった。
「上手くできなくてごめん」
「ううん。私こそ……ごめんね。なんか処女みたいで」
「ホント、処女かと思った」
陸は冗談のつもりで言ったが、沙希の笑顔が悲しそうに翳った。何かが胸に突き刺さったように痛い。
(そんな顔するなって)
「俺って沙希の二番目の男だよね?」
そう言って沙希の上に覆いかぶさると微笑が返ってきた。
「嬉しいなぁ。俺、もっと勉強するから。お前にももっと気持ちよくなってもらいたいし」
「そういうことに勉強熱心でもなぁ……」
沙希はため息混じりに言った。それに、と急に遠い目をして続けた。
「別に私はいいの。どうでも」
投げやりな口調に陸は腹が立った。何に対しての怒りなのかはよくわからないが、とにかく許せないと思う。
「どうでもよくねぇよ。俺だけよくても全然嬉しくない。俺、そういうの嫌だから」
「でも……ごめんね。浅野くんは別に下手なわけじゃないからそんなふうに思わないで」
(何、謝ってんだよ。だってお前、それは……)
陸は虚ろな目をした沙希を厳しい顔で見つめた。まだ一度しかしていないが、おそらく違う、と陸は感じた。沙希の臍の下に手を当てる。
「大丈夫なのか? いつもつけてない?」
「うん、ずっと……。できないか、できにくい身体なのかもね。……『もしできたら逃げる』ってよく言われてるけど」
沙希は皮肉っぽい顔で笑って目を伏せた。
(……酷い。なんでそんなヤツと……)
「……俺なら喜んでもらうのに」
目を開けた沙希は少し首を傾げた。陸は沙希の顔のすぐ横に頭をつけ、力を抜いて沙希の上に自分の身体を預けた。
「沙希を一人になんかしないのに」
「……重いよ」
苦笑しながら沙希は手を伸ばして陸の耳を触った。ベッドに入る前にピアスは外してある。ピアスホールを沙希の指がなぞった。
「嬉しいけど、でもね……、私、キミに責任取ってもらうわけにはいかないから」
(それ、どういう……)
自分が否定されたようで陸は胸に耐え難い痛みを感じた。一生懸命その言葉の意味を考えようと思うが、麻痺したように頭が全く働かない。
「それは、俺が高校生だから?」
やっと出てきた言葉がこれだった。
だが沙希は少し微笑んで見せただけで答えてはくれなかった。その代わりなのか髪を撫でる。その手があまりにも優しくて、陸はこみ上げてくるものを我慢することができなかった。
(じゃあ、なんで受け入れた?)
沙希の気持ちがよくわからない。涙が一粒こぼれた。
「……泣かないでよ」
「誰だよ、泣かしたのは」
困ったように小さくため息をついた沙希は、細い指でこぼれた陸の涙を拭った。そしてにっこりと笑う。それから陸の鼻の頭にキスをした。
「何て言っていいのかわからないけど……」
「じゃあ、言わないで」
陸は沙希の言葉を遮った。おそらく陸の望む言葉を言ってはくれないだろう。それなら聞きたくはない。
(それでも俺を受け入れてくれるんだろ?)
千の言葉よりもまごうことなき確かな答えだ。陸は決めた。
「好き。今まで出会った誰よりも……お前が好き」
(俺だけはどんなことがあってもお前を傷つけることはしない)
沙希の目が潤んで見る見るうちに涙があふれてきた。ぽろぽろとこぼれる雫を陸は黙って見つめる。泣いた顔を見るのは初めてだった。
「俺の前で初めて泣いたな。泣いた顔もかわいいよ」
「もう……!」
枕に顔を埋めて涙を染み込ませると沙希は陸の首に手を回した。裸で抱き合うのは今日が初めてなのにそんな気がしなかった。もうずっと前から知っているような心地よいぬくもりだ。
(この人に出会わせてくれてありがとう)
陸は自らの運命に感謝した。