沙希は薄ぼんやりとした照明の下で大きな鏡に映る自分の顔を見ていた。暗い眼をして覇気のない顔だ。とても恋人との短い逢瀬の最中とは思えない。
この部屋には窓がない。いや、あることにはあるが開けることはまずない。だからガラスではなく板がはめられていて注意してみなければ窓だと気がつく人は少ないだろう。
沙希はタバコの煙が苦手だ。それを知っていても今一緒にいる相手はタバコをやめようとはしない。こういう密室だと空気が淀んで息が苦しい。この人とは一緒に暮らせないなと沙希はつくづく思う。
最近はいつもこのラブホだなとうんざりしながら思った。他にもたくさんあるのに、と思う。彼の趣味は沙希からすると首を傾げるようなものが多い。どうせならもう少しきれいで明るいところにしてほしいが、それを言う気力がなかった。
機嫌を損ねるようなことをわざわざするのは得策ではない。付き合い始めてからこの何年間で身に染みて感じるのは、彼を怒らせなければそれなりに楽しく過ごせるということだった。
彼から与えられる快楽もそれほど嫌ではなかった。高校生の頃のように無理なことを要求されなくなったし、そもそも沙希は彼以外の男性を知らない。だから自分の知ることが全てで、他のものと比べる術がなかった。
所詮こんなものだろう、というのが沙希のセックスに対する感想だ。そして自分はどうもそれほど感じない身体らしい。アルコールなどの力を借りなければ我を忘れるような快楽を得ることは難しいのだ。そこまでして「したい」とは思わないのが沙希の本音だった。
近頃は一通り終わると、後は一人でのんびり風呂に入ることが多い。どうせ一緒にいても彼の話はほとんどがパチンコの話だった。沙希には興味のない話だから適当に聞き流す。
時間が来て、彼と別れる。これでまたしばらくは解放される。
付き合いがただ長くなり、ほとんど惰性で続いているようなこの関係はもう綻びかけているのだろう。彼はそんなことを露ほども感じていないだろうが……。
沙希は彼の姿が見えなくなると、少し肩の荷が下りたようなホッとした気分で地下鉄に乗った。
明日は二週間ぶりに陸の家庭教師の日だ。
そのことを考えると気分が高揚する。近頃は陸に会うのが楽しみになっていた。相変わらず勉強と息抜きの比が一対九くらいで、それは大きな悩みだったが、まずは陸の信頼を得ることが先だと思っていたので、これからが勝負どころだと思う。
陸はとても素直な考え方をする子だと沙希は感じていた。大学生になってから家庭教師を始めて何人かの生徒を受け持ったが、陸ほど真っ直ぐでそれでいて飲み込みの早い子はいなかった。
家庭教師を雇うことのできる家庭は、たいていが金銭的に裕福な家庭だ。陸の家も例外ではない。沙希はさまざまな家庭を見てきたが、子どもの成績への家庭環境の影響は計り知れないと思う。
そういう点では、陸は少し複雑な家庭環境にあっても性格は純粋な部分が多く、いわゆる典型的なお坊ちゃん育ちだなと沙希は分析していた。
沙希の彼氏とはまるで違う。沙希の彼氏は理系の能力はずば抜けていたが、性格が屈折しすぎている。親の愛情が彼に真っ直ぐ注がれなかったのが原因なのだろう。それにしても対人関係では幼稚な部分が多すぎる。沙希はそれを思うだけでも心が重くなるのを感じた。
陸は沙希の彼氏に比べると考え方が大人だと思う。
両親の離婚、母親の再婚は当時の陸には全く納得できない事件だったようだ。だが、陸の今の父親は時間をかけて親身に接することで、陸の頑なな心を解いたらしい。今では陸も父親を認めて慕っているようで、そこが陸のすごいところだと沙希は思う。もし自分が同じ立場になったとして、全くの他人を父親として受け容れることができるかどうか自信がなかった。
これでもう少し勉強を頑張れば言うことないのに、と沙希は思う。
もし陸自身が恵まれた環境にあることを自覚できたなら、おそらく放っておいても自分を高める努力をしていくのだろうと思う。だがあいにく今の陸はそれに気がつく様子はない。
できるなら引っ張りあげてやりたいと思う。人に生まれつきの才能があるのだとしたら、陸が今のレベルで満足しているのはいわば宝の持ち腐れというものだ。そのために自分の持っているものが役に立つなら、喜んで全てを陸のために捧げるだろう。
だが、頭の中のどこかで警告音が聞こえる。その考えは危険だ。今ならまだ引き返すことができる。これ以上深入りすべきではない、と。
どこからどこまでが家庭教師としての情なのか、正直なところ沙希にはよくわからなくなっていた。陸をもっと伸ばしてやりたいと思うのは家庭教師だからなのか、それともそれよりももっと個人的な感情からなのか自分でも判断がつきかねる。これが同性であれば何の問題もないのだが、そうでないから沙希は不安だった。
地下鉄を降りてバスで帰ろうか、徒歩でのんびり帰ろうかと思案していると携帯が鳴った。着信は元の教え子からだった。
「先生? 今ちょっといい?」
井上詩穂子(いのうえしほこ)は沙希が家庭教師を始めて一番最初に受け持った生徒だった。彼女の中学二・三年を指導し、今はもう家庭教師ではない。だが詩穂子はとても沙希を気に入ってくれたらしく、彼女の母親が「二言目には『先生』って言うくらい」と呆れるくらい懐いていた。高校生になってからも一緒にランチをしたり、映画を観たり、ライブに行くこともあった。沙希はほとんど保護者の役割だったが、沙希も詩穂子とはウマが合う気がしていた。
そういえば彼女も高校二年生だな、と電話に出た沙希は思う。詩穂子との電話はいつも長くなるから歩いて帰ることに決めた。
「先生、前に一ヶ月くらいユリの家庭教師したことあったでしょ? 覚えてる?」
「ユリ……?」
「黒川由梨香(くろかわゆりか)って覚えてないかな?」
「ああ、そういえば夏休みだけ教えたことあったわ」
沙希はほとんど忘れかけていた由梨香の顔をぼんやりと思い出した。顔が小さくて猫のような印象のかわいい子だった。確か由梨香も詩穂子と同じ女子校のはずだ。
「詩穂ちゃんと同じ学校だったよね?」
「うん、今同じクラスなの」
「へぇ。それで由梨ちゃんがどうかした?」
「今日、由梨と一緒に遊んだんだけど、由梨が今付き合ってる彼氏って……なんていうか、先生の彼氏と同じで……由梨、殴られたりしたらしいのね」
沙希は小さくため息をついた。視線が無意識に足先に向く。歩く速度もペースダウンした。
「それで先生の話になって、由梨が先生に会って話がしたいって言うんだけど」
「……うん」
気のない返事に詩穂子は沙希が気分を害したのかと思ったようで、慌てて
「あ、先生、ごめんね。由梨に勝手に先生のこと話して」
と謝った。
沙希は苦笑しながら
「いや、それは全然気にしなくてもいいよ」
と言ったものの、明るい声を出すのは今は難しかった。
「由梨、結構悩んでるみたいで……」
「そうだろうね」
「ね、先生。あの……」
いつも饒舌な詩穂子が珍しく言いよどんだ。沙希は少し首を傾げて次の言葉を待つ。
「噂で聞いたんだけど、先生、今、浅野陸の家庭教師してるってホント?」
突然陸の名前が出て、沙希はドキリとした。
「うん、本当だけど……噂?」
「あ、うんと……、噂がもし本当なら由梨には会わないほうがいいと思って」
沙希は更に首を傾げた。
「どうして?」
「先生……聞いてない?」
何のことだかさっぱりわからない。沙希は詩穂子には見えないことはわかっているが首を横に振った。
「何のこと?」
「……先生、アイツと付き合ってるってホント?」
「は!?」
アイツとは陸のことだろうか、と思いながら沙希は否定する。
「家庭教師をしてるのはホントだけど、私は今も彼氏と付き合ってるよ」
「そっか。アイツと付き合ってた子が『好きな人ができた』って突然フられて、その好きな人って先生だって聞いたから……。でもアイツの片想いなんだ」
沙希は返事に困った。どこでどんな噂になっているのかわからないが、あまりよい気分ではなかった。
「それと由梨ちゃんと何の関係があるの?」
「ああ、由梨ね、去年アイツと付き合ってたから」
詩穂子はあっさりと言った。だが沙希は一瞬その言葉が胸に突き刺さるような感覚に襲われた。それに気がつくはずもない詩穂子は更に続ける。
「結局由梨が今の彼氏のことを好きになって別れたんだけど、でも今の彼氏って高校生じゃないし、なんか悪い人みたいなんだよね。それでどんどん由梨もそっちに染まっていってるみたいで、急に成績も悪くなったし、欠席も増えてるし……」
「そう……」
由梨香はもともと成績が良いほうではなかった。沙希が受け持ったのは由梨香が中三の夏休みで、他の先生のピンチヒッターだった。中・高と持ち上がりの女子校だが、何とか高等部へ進級できるように、というのが目標だったはずだ。
「先生も知ってると思うけど、ウチの学校って結構厳しいでしょ」
「うん」
詩穂子や由梨香が通う女子校はお嬢様が通う学校として市内でも有名だ。制服や髪型は勿論、傘の色まで紺か黒と指定されている。
「由梨……このままだと留年するかも」
それなりに頑張れば同じ敷地内にある大学か、隣の市にある系列の短大には入れるのに、由梨香は進級すら難しいのかもしれない。由梨香の人懐っこい笑顔を思い出して先程とは別の胸の痛みを感じた。
「でも、私が相談に乗っても、たぶんあまり役に立てないと思う」
残酷なようだが、沙希ははっきりとそう言った。
「そうだよね。先生、ごめんね。由梨には私から無理だって言っておく」
詩穂子はなぜかホッとしたような声を出してそう言った。そして少し声を潜めて
「先生、アイツにコクられたらどうするの?」
と、尋ねてきた。
沙希はまたドキリとした。どうするか、なんて考えたことはなかった。
「どうするって……そんなことあるわけないじゃない」
「やだ。先生、本気でそう思ってるの?」
詩穂子は笑いを含んだ声で諭すように続けた。
「彼女と別れるくらいだから、アイツ、先生のこと、ホントに好きなんだよ」
「そんなこと言われても……困る」
そうとしか答えようがなかった。
「ま、アイツ、顔はいいけどあんまりいい噂聞かないからね。でも先生の彼氏よりはマシかもよー。少なくとも付き合ってる間は優しいみたいだし」
沙希は思わず鼻で笑ってしまった。付き合っているときも優しくない男なんて確かに普通じゃない。
「先生にしたらウチらはガキにしか見えないかもしれないけど」
「まぁ、そうだね」
本当にそうだったらいいのに、と思いながら沙希は電話を切った。
楽しみにしていた明日が急に怖くなる。
(彼女と別れていたなんて……)
教育実習中のことなのだろうか? 沙希はとても複雑な気分だった。
明日どんな顔をして陸に会えばいいのだろう。何も知らないふりをするのは自分には難しいかもしれないと沙希は思う。
ふう、と大きくため息をついて自宅の玄関のドアを開けた。
翌日、二週間ぶりに会った陸はとても機嫌が良かった。この間にあった出来事を思いつくままに喋り続け、勉強はいつも以上にはかどらなかった。
「それで教育実習はどうだったの?」
「何とか無事に終わったよ」
自分の話が一段落したのか、陸は沙希に話題を振った。なるべく普段と変わらない態度をとろうと努力したが、意識すると余計うまくいかないものらしい。
陸が一瞬、眉に皺を寄せた。
「なんかあった?」
「ん?」
「先生、変な顔してる」
鋭いな、と感心しながら
「変な顔って失礼な! いつもこんな顔です」
と、茶化す。だが、陸は見逃してくれなかった。
「いや、なんか違う。それに今日、あんまり目を合わせてくれない」
ハッとした。無意識に陸を見ないようにしていたようだ。そう言われてから陸をまじまじと見つめるが、もう遅かった。
沙希はもともと嘘をつくのが苦手だ。思い切って陸に全部話してしまおうかとも思うが、何から話せばいいのかわからなかった。
「えっと……、昨日元教え子から電話が来て、F女子校の子なんだけど……」
その続きをどう話そうかと迷っていると、陸がああ、と何かを納得して口を開いた。
「俺、前にその学校の女と付き合ってたことあるよ」
沙希は苦笑する。本人の口から聞くと昨日よりもっと胸が痛かった。
「……黒川由梨香ちゃん」
「え? ……なんで」
陸が表情をこわばらせた。また胸に鈍い痛みが走る。
「私ね、大学一年のときに彼女を一ヶ月だけ教えたことあるの」
「マジで? アイツ、頭悪かったでしょ」
あまりにも陸が率直な言い方をするので、沙希は返事に困った。とりあえず笑ってごまかす。
「ま、アイツもあんなだけど、優しくていいトコもあるんだけどね」
(へぇ、ちゃんと見るところは見てるんだ)
沙希は少し陸を見直した。それに前の彼女を悪く言わないのは、いいなと思った。
「で、アイツ、先生に何の用があんの?」
「あ、電話くれたのはずっと仲良くしてる別の子なんだけど、その子から由梨ちゃんが今の彼氏に……殴られたり? してるらしくて、相談したいって。……私も昔、そういうことあったから……」
途端に陸の顔が曇った。詩穂子の話では由梨香が今の彼氏を好きになって陸と別れたということだから、つまり陸はフられたのだ。きっと別れるときはまだ由梨香のことが好きだったのだろうと沙希は思う。
「確かに別れる前のアイツは今の男の影響なのか、かなりおかしかったな。でも、別れたときは泣いたね。ペアリングなんて初めて買ったけど、ゴミの日に捨てて、そのゴミ収集車を見送ったら涙出たよ」
沙希は陸を見ていられなくて俯いた。胸の内はとても複雑な気分だった。
「けど、それ、もう去年の話。それより、先生は?」
「え?」
陸は今はもう全く引き摺っていないようだった。それもそうか、と彼の薄情そうな薄い唇を見て思う。
「いや、だから、彼氏……大丈夫なの?」
「高校生のときに一時期あったけど、今はもうそういうことはないよ」
「俺、喧嘩とかしたことないから殴られたことなんかないぞ」
そんな経験はないほうがいいのだ。沙希は微笑んだ。
「ま、みぞおちを殴る場面とか漫画で見たことはあったけど、実際殴られると本当に一瞬『うっ』って言葉出なくなるよ。二回連続だと立っていられなくなったし」
「そんな平然と言うなよ」
陸はものすごく嫌なものでも見たような顔をする。じゃあどんなふうに言えばいいの、と沙希は問い返したくなった。
「次やったら別れるって言ったら、一応その後はしなくなったけど」
「信じらんね……」
机にだらしなく頬杖をついた陸は、怒りと悲しみがない交ぜになったような表情で沙希をじっと見つめた。
沙希はいたたまれなくなって横を向く。それこそもう過去の話なのだ。
「それで、先生はかわいそうな教え子に同情して相談に乗ってやるわけ?」
非難めいた調子で陸はそう尋ねてきた。
「ううん。……断った。でも……」
「『でも』……何?」
陸の言い方は冷たく突き放すようだった。沙希は背中がゾクリと寒くなったように感じる。
「いや……」
「また『何とかしてあげられなかったか』とか考えてるんでしょ? ……考えすぎ。だいたい先生がそんなにアイツのこと考えてやっても、アイツはそこまで先生のことなんか考えてないんだぞ?」
まくし立てるようにそう言って陸は沙希の反応を窺う。いつの間に自分が責められる立場になったのだろうと考えながら、沙希はしゅんとして小さくなった。
「そんな昔の教え子より、もっと今の教え子の心配してよ」
陸の言葉にそれもそうだなと思い、沙希は顔を上げた。
陸と真正面から目が合って、なぜかそこから視線が外せなくなる。部屋は一瞬、しんと静まり返り、時計の秒針の音がやけに大きく聞こえた。
「俺、この前、彼女と別れたんだけど」
沙希は瞬きもせずにただ陸を見ていた。
「先生のせいだって言ったら、どうにかしてくれるの?」
「そんなこと……」
(……言われても困る)
全部言い終える前に絶句してしまった。崖っぷちまで追い詰められた気分だ。何か考えようとしてもまるで頭が働かない。
どうしよう。どうしよう……
「……無理でしょ? だから俺はそんなこと言わないけど」
陸はニヤリと笑った。沙希はハッと我に帰った。からかわれたのだ。
「何よ、『言わない』なんて……、もう十分言ってるじゃない!」
クッと笑いながら悪戯っ子は足を組んだ。沙希はだんだん腹が立ってきた。
「だって先生が悪い。他のヤツのことばっかり考えて、俺のこと全然見てくれないし」
えらそうに批判したかと思えば、駄々っ子のように拗ねているだけだったりする。そんな陸にこのところ沙希は翻弄されっぱなしだ。
だが結局、陸はまだ子どもなのだ。こんなことで腹を立てるのはオトナ気ないと一つ大きく息を吐いて気持ちを静める。
「そんなことないよ」
「ホント? ちょっと嬉しいかも」
陸は本当に嬉しそうな顔をした。
(そんな顔しないでよ……)
胸が苦しくなった。陸が喜ぶと自分も嬉しい。これはよくないことだと思う。
それに……
(彼女と別れたのは……私の……せい?)
たぶんどさくさに紛れて言ったことは嘘ではないのだ。しかもこんな言い方はずるい。言っておきながら陸自身がなかったことにすれば沙希はそれ以上何も言えなくなる。
「じゃあ、慰めてよ」
「なんで?」
「俺、彼女と別れたばっかりだよ?」
「だから?」
「寂しいじゃん」
「次の人、頑張って見つければ?」
沙希はそっけなく言い放った。そんなことが言いたいわけじゃないが、他に何が言えるというのだろう?
「何、怒ってんの?」
「別に怒ってない」
「先生が冷たい」
「私はもともと冷たい人間なんです!」
沙希は教科書を開いた。もうすぐ期末試験だ。こんなことをしている場合じゃない。
「真面目に勉強しないんだったら、私、帰る」
「するする」
慌てて陸は机に向かった。その横顔を見ながら、沙希はある決心をした。
(もし次のテストで結果を出せなかったら……)
それがお互いのためにもいいのかもしれないと思う。
帰り際、玄関まで見送りに来た陸は、靴を履いてドアノブに手を掛けた沙希を呼び止めた。
「先生」
沙希は首だけを後ろに回して陸を視界に捉えた。
神妙な顔つきの陸はズボンの後ろのポケットに手を突っ込んで立っている。彼はジーンズが嫌いなのでいつも黒系のズボンしか履かない。
「あのさ、さっき言ったこと……ホントに忘れていいから」
苦い薬でも飲んだ後のような顔でそう言った。
沙希は陸が言った言葉の意味を考える。一瞬、先刻決意したことが心の中で大きく揺らいだ。
「…………」
もう一度陸を見て、それからドアを開けた。