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番外編 ふたりの恋がはじまる 《 LESSON 1 》

「先生、質問!」

 陸は小学生のように手を挙げて沙希を見た。

「なんでしょ?」

「彼氏はいますか?」

 沙希はフッと笑顔になった。ああ、この人は笑顔がかわいいな、と陸は思う。

「いるよ。高校生のときから付き合ってる人が」




(高校1年のときからって言ってたよな。……ってことはもう7年目?)

 近頃の陸はそのことを思い出してはガッカリする、ということを繰り返していた。

「……ねぇ、陸、聞いてる?」

「あ?」

 隣を歩いている今の彼女を見た。別の学校の女子だ。確か友達に紹介されて付き合うようになったと思う。

(いや、どうだったっけ? どこかでコクられたんだったかな……)

 正直そんなことはどうでもよかった。まぁ、容姿は悪くない。むしろかわいいほうだと思う。だが、一緒にいても特に楽しいわけでもなく、何となく付き合っているというのが陸の実感だった。

 それに陸は決して誠実な恋人ではない。今の彼女と付き合っていても、バイトで一緒の女子とそういう仲になってしまった。

 他人が自分をどう呼んでいるかは知っていた。

(でも好きなんだから仕方ない)

 そう。陸は初めて経験して以来、自分の中に湧き上がる本能の衝動のままに行動していた。端的に言えばエッチをすることにハマっていた。新しい玩具を買ってもらった子どものように、新しい遊びを覚えて夢中で遊んでいるというわけだ。

 だが、それも1年くらい経つとさすがに少し冷めてくる。それに異性と付き合うことにもう少し別の意味を求めるようになった。

(……違うんだよなぁ)

 隣の彼女を見て思う。何が、とか、どこが、ということを説明は出来ない。でも違う、そう思い始めていた。

 そして思い出すのは脚。

(あの脚は犯罪だね)

 陸の脳裏にあるのは最近自分の家庭教師になった沙希の脚だった。

(……って、俺、脚フェチかよ)

 自分で自分に突っ込みを入れる。だが最初に会ったときからとにかく綺麗な脚が気になって仕方がなかった。

(勉強になんか集中できるわけねぇじゃん!)

「陸? 何ひとりでニヤけてるの?」

(やべっ……)

 沙希の脚のことを考えているとついニヤけてしまう。彼女には誤魔化すように「思い出し笑い」などと適当なことを言った。

 彼女を駅まで送ると陸は街中へ向かった。肩にはギターケース。今日はバンドの練習日だった。

 スタジオのあるビルの1階はゲームセンターになっていた。2階はカラオケ。3階が貸しスタジオだった。3階へ上がるエレベーターはゲームセンターの奥にある。ゲームセンターの自動ドアが開くと外の喧騒とは違った電子音の洪水が耳になだれ込んできた。

 ゲーム機の間を縫って奥に向かう。何気なく顔を上げると、陸は一瞬自分の目を疑った。

「先生?」

 女友達と二人連れの沙希が陸を発見してびっくりした顔をしていた。目が落ちるんじゃないかと心配になるくらい見開いている。そしてすぐに気まずい表情になった。

「先生、ゲームすんの?」

「違う! 上のカラオケに行ってきたの」

(ああ、なるほど)

 沙希の隣の友達が気を利かせたのかゲーム機を指差して沙希から離れた。陸は沙希の方へ一歩前進する。

 すると沙希は同じ分後退りした。

「なんで逃げんの?」

「べ、別に……」

「何か奢ろうか?」

 沙希は何度も首を横に振る。ここで会ったことがそんなに嫌だったのかと沙希の様子を見て思う。陸は少し傷ついた気分だった。

 改めておびえた様子の沙希を上から下まで眺めた。メイクは相変わらず薄いがアイシャドウとリップの色がいつもと違う。それに普段自分の家に来るときよりも短めのスカート。裸足にサンダル。爪にはピンクのペディキュア。

(へぇ……)

 沙希は自分が付き合う同じ年頃の女子より当然大人びている。だが、それだけでなく上品でセンスがいいと思った。

「あ、俺、時間だわ」

 名残惜しいがスタジオを借りられる時間も限られている。じゃあ、と言って別れると沙希はホッとしたように友達の元へ向かった。





「先生って週末は彼氏に会いに行くんじゃないの?」

 次の家庭教師の日、陸は待ってましたとばかりに沙希を質問攻めにする。

「毎週とかはムリでしょ」

「へぇ。月に何回くらい?」

「1回」

(え? ……たった1回?)

 陸は沙希が平然とそう言うのを聞いて驚いた。遠距離恋愛などしたこともない陸にとっては月に一度しか会わない関係など考えられない。

「先生、寂しくないの?」

「別に。もう長いしね」

 沙希は少し肩をすくめただけで本当に何の感慨もなさそうだった。陸はますます信じられない。

「俺だったら月に一度しか会えないとかムリ。続かない。……それに先生が彼女だったら、俺ならそんなに放っておけないわ」

 それを聞いた沙希がクスッと笑った。

「まぁ、付き合ってからずいぶん経つし、そんな頻繁に会わなくてもいいんだよ」

(何がいいんだか……)

 と思いながらも何故か陸はホッとしていた。

(ということは、彼氏より俺のほうが先生と会ってる時間長いってことだよな)

「ん? 何ニヤニヤしてんの?」

(うわ、やべぇ……また顔に出てた)

 ついでに好奇心で陸はきわどい質問をした。たぶん顔は相当ニヤけてると思いながら……。

「ねぇねぇ、彼氏以外としたことある?」

「ないねぇ」

 間髪入れずに答えが返ってきた。陸は少し嬉しくなる。予想通りだった。

「じゃあさ、どういうところでするのが好き?」

 さすがに沙希は眉に皺を寄せた。

「そんなこと聞いてどうするの?」

 陸は焦る。ニヤけた顔が少し引きつった。

「いや、いろいろと今後の参考に……」

 少し首を傾げて沙希は「うーん」と唸った。

「私は普通にベッドの上が好きだよ。普通が好き」

(普通……?)

「それは俺も好き」

 沙希の言い方が少し引っかかったがとりあえず同調してみる。すると沙希の口から意外な言葉が飛び出した。

「アレだ、トイレとか公園とかは最悪だね」

「はぁ!?」

(ナニソレ……)

 陸は沙希の顔をまじまじと見る。このお嬢様っぽい雰囲気のどこからトイレや公園という言葉が出てくるのか……。

 どうしようか迷ったが陸は聞いた。

「彼氏以外としたことないってことは、それ、彼氏と?」

「うん、まぁ、ずっと前の話だけど」

 案外あっさりと沙希は答えた。陸は思考がまとまらなくなった。

「なんで……? 俺だってそんなところでしたことないぞ」

 言ってから陸はハッとした。沙希が少し悲しそうな顔で笑っていた。

 

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1st:2009/04/29
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