クリスマスイブは一緒に過ごそうと約束したことで陸は有頂天になっていた。
一分一秒でも離れていると不安になる。この頃は特にそうだ。
夜も遅くに帰宅することが多くなり、この前ついに母親に怒られてしまった。
そのことを沙希に話すと、とても申し訳なさそうな口調で謝られた。
「浅野くんはまだ高校生なんだもんね……」
その一言は陸にとってはかなり痛い言葉だった。
(でもそれって俺が高校生だってことを普段は忘れてたってこと?)
そう考えると思わず頬が緩む。
沙希と一緒にいても年の差をあまり考えたことはなかった。
(たぶんアイツは余計なこともあれこれ考えているんだろうけど)
だが沙希のそういうところが好きだった。
今までは付き合ってしばらくすると相手が馴れ馴れしくなり陸が冷めるというパターンで、3ヶ月続けば長い方だった。
沙希はいつまでたっても馴れ馴れしく振舞うことはない。陸からすればもう少し自分に甘えてくれてもいいのにと思う。
(……というか、もしかして……やっぱり俺は遊び?)
打ち消しても打ち消しても消せない疑問。
陸から物をもらうのを極度に嫌がるのも何か引っかかるところがあった。
(彼氏のことも嫌いじゃないって言うしな……)
ショーケースに映る自分の顔が険しくなっていることに気が付く。
店員がにこやかに「お決まりですか?」と声を掛けてきた。
「苺のタルトとブルーベリータルトを一つずつ」
どちらも沙希が好きなケーキだ。
陸も甘いものは好きだが今日は沙希の好きなものしか買わないと決めていた。
バイトをしていない陸にとってこれが精一杯のクリスマスプレゼントだった。
ケーキなら形も残らず沙希もきっと喜んでくれるだろう。
(それもちょっと寂しいな)
店員が包装してくれたケーキの箱を持って陸は店を出た。
待ち合わせの場所に着くと既に沙希が待っていた。
「何? ……もしかしてケーキ?」
陸の手にしているものを覗き込むように見ながら沙希は言った。
「一緒に食べようと思って」
沙希は嬉しそうな笑顔になった。彼女の笑顔を見ると陸も幸せな気持ちになる。
人を好きになることがこんなに幸せなことだと初めて知った。
好きになりすぎて逆に怖いとさえ感じる。
もしこの先、二人に別れが訪れたら……………
少し自分の気持ちをセーブしなければ、と思うが陸にはそれが難しかった。
「明日から冬休みかー。いいなぁ」
沙希は陸の物思いに気が付くはずもなく、暢気に言った。
「沙希はもう休みも同然だろ」
確か何日か前が卒論の提出期限だと言っていた。そのせいで1週間も会えなかったのだ。
「この1週間、長かった……」
クスっと沙希は笑った。
「何だよ、お前は俺に会えなくても寂しくないのか」
沙希の余裕な態度が陸の気に障る。だが言ってから、まるで駄々っ子のようだと情けない気持ちになった。
「そんなことないよ」
その一言でまた陸は幸せな気分になった。
(俺って……アホだな)
そんなやり取りをしている間に陸の家にたどり着いた。
「わ! 今日は片付いてる!!」
陸の後ろから部屋に入ってきた沙希は、見るなり驚いたようだ。
「俺がどれだけ今日を楽しみしてたと思って……」
陸はコートを脱いだ沙希を見た瞬間、言いかけた言葉を失った。
「ちょっ……すげーかわいいんだけど」
「服が、ね」
沙希は少し照れくさそうに肩をすくめた。
部屋のドアを閉めるとすぐに抱きしめる。
「かわいい。……でもどうせ脱ぐけど」
「何言ってるの!」
沙希は離れようともがいた。その腕を掴んでキスをした。沙希の身体の力が抜けて、陸に身を預ける。
その瞬間が好きだった。
「ケーキ食べる?」
お腹が空いたのでそう提案すると、沙希は嬉しそうに頷いた。
「苺とブルーベリー!」
箱を開けると沙希の目が輝いた。
「浅野くん、どっち?」
「どっちも沙希の分。それ、俺からのクリスマスプレゼントだから」
少し驚いた顔をしてから沙希はニッコリ笑って「ありがとう」と言った。
「じゃあ、半分ずつ食べようね」
そして沙希は自分のバッグからごそごそとプレゼント用に包装されたものを取り出した。
「これ……」
受け取った陸はすぐに中身が本だと気が付いた。
「プレゼント、すごく悩んじゃって……先に謝っとくね。ごめん」
申し訳なさそうに沙希は小さくなった。陸はその様子が可笑しかったが、中身が気になるので早速包みを開いた。
「……あ……りがとう」
陸は丁寧に包装された中から出てきたモノに正直なところガッカリした。
それは参考書だった。丁寧に国数英の三教科分の三冊が入っていた。
「……ごめん」
更に小さな声で沙希は謝った。
陸は手に取った1冊をぱらぱらとめくる。
(あれ?)
参考書の中にかわいらしい封筒が入っていた。
「これ、お前が?」
沙希は陸が手にしたものを見た瞬間、顔を赤く染めた。
「ちょっ! 今、開けちゃダメ!! 帰ってから見てね」
今すぐ読みたかったが、あまりいじめるのもかわいそうかと思い「サンキュー」と言って、また参考書の間にしまった。
何しろ今日はせっかくのクリスマスイブなのだ。
こんな日にわざわざ沙希の機嫌を損ねるようなことをしたくはない。
「俺、手紙もらったの、初めてかも」
沙希は陸の顔を大きな目で少し見つめて、ますます恥ずかしそうに小さくなった。
「今時……手紙なんて古いよね」
「いや、嬉しいよ。めちゃくちゃ嬉しい。お前からもらえると思ってなかったし」
「ん?」
「俺へのラブレター?」
陸はわざと沙希に顔を近づけて言った。
沙希は恥ずかしさのあまりか、顔を両手で覆ってしまった。
「……もう、ヤダ」
からかいすぎたかと思い、陸は少し反省する。
(でもかわいいのが悪い)
目の前のケーキを一口食べた。甘い。
「食べないなら全部食べちゃうぞ」
そして顔を上げた沙希の口元に一口分を突きつけた。
「あーん」
素直に沙希は食べてくれた。
「餌付け成功」
「ひどい!」
いつまでこんなことをしていられるのだろう?
楽しいときはあっという間に過ぎてしまう。
沙希はいつまで自分の傍にいてくれるのだろう?
「俺にも食べさせてよ」
沙希は「いいよ」と言って大きな苺が乗っている美味しそうな部分を差し出した。
「あのさ……」
本当は怖くて聞きたくない。でもやっぱり確かめたかった。
沙希は真っ直ぐに見つめ返してきた。
「お前のこと、信じてもいいよね?」
「…………」
「ていうか、お前のこと、信じてるから」
返事をしないのは聞く前からわかっていたことだ。それでも……………
(最後はきっと……俺を選ぶって)
沙希は少し間を置いて頷いた。
(……ホントに?)
陸は沙希が差し出したケーキをやっと食べた。苺の甘酸っぱさが口の中だけでなく、陸の胸の中にも広がるようだった。
「もう残りは後にしよ」
嘘でもいい。同情でもいい。……もう、何でもいい。
沙希の隣に座って自分のほうへ引き寄せた。
「メリークリスマス」
ゆっくりと沙希が目を閉じた。
唇も甘い。
(最後はきっと……俺を好きだと言わせてやる)
陸もゆっくりと目を閉じ、甘いキスを堪能しながらそう思った。