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番外編  ホワイトイルミネーション

 今年もこの季節がやってきた。

 街がクリスマスに向けてきらきらと輝き出す季節。

 寒いけれど心が温かくなる光景だ。



 その日、沙希はファンデーションを買いに駅前のデパートへ来ていた。

「つまらないだろうからついて来なくていいよ」と言ったのにもかかわらず、陸は一緒について来た。

 沙希が美容店員と話をしながら化粧品を購入する様子を眺めている。

「待たせてごめんね。つまんないでしょ?」

「いや、俺、こういうところ来ることないから新鮮」

 いつも来ていたら驚くな、と思いながら沙希は微笑んだ。

「そういえば、浅野くんもメイク道具持ってたよね?」

 以前陸の部屋で見せてもらったことがあるメイクBOXを思い出して沙希は言った。

 バンド少年の陸はステージに立つときメイクをするらしい。その姿を沙希は直接見たことはなかったが……。

 あまり片付けていない自分のメイク道具が一瞬頭に浮かんで、それよりは余程綺麗に収納されていたなと思う。

「あれは一式もらったから自分で買ったことはないんだ」

「ほ〜。……誰にもらったんでしょう?」

「先輩。男だよ。……って今、ヤキモチ焼いた?」

 陸はニヤニヤしながら繋いでいる手を自分のほうにぐいっと引き寄せた。

 反動で二人の身体がぶつかる。

「別に」

 沙希はすぐに身体を陸から遠ざけた。

「つまんね」

 つまらなくて結構……と思いながら沙希は大通へ向かう道を眺めた。

 空は薄暗くなり始め、中央分離帯の葉を落とした木は夜に向けて光を纏い始めた。

「綺麗だね」

 ありきたりの言葉だが思わず口から出た。

「もうすぐクリスマスだな」

 陸は冷たくなってきた沙希の手を繋いだまま自分のコートのポケットに入れた。

「欲しいものある?」

「うーん」

 沙希は少し考えてみる。だが、陸から物を貰うのはできれば避けたかった。

「特にないかなぁ……」

「お前さ、そんなに俺から物を貰うの嫌?」

「嫌っていうか……」

(物を貰うと残るでしょ? ……そうするとそれを見るとキミを思い出すでしょ?)

 沙希はいつか必ず来る別離の日を思った。

(そしたら……辛くなるでしょ?)

 欲しいのはそんなものじゃない。……でもそれを陸に言うことはできなかった。

「浅野くんは欲しいものあるの?」

「時計欲しいな。前の壊れたままだし」

 陸はそう言った後で、「あ……」と短く呟いた。

「やっぱり時計はいらない」

 沙希は少し首を傾げた。他に何か欲しいものがあるのだろうか、と思う。

「お! すごいな」

 二人は大通のホワイトイルミネーションが見える場所まで歩いてきた。

 白、黄、赤、青……光がきらきらと眩しかった。

「綺麗だね」

 またありきたりの言葉を沙希は口にする。

「でも……」

 余計なことが沙希の頭の中に浮かんだ。

「これ二人で見ると別れるって言うよね」

 陸は弾かれたように沙希を見た。

「……お前、何でそういうこと言うかな」

 少し怒った声だった。

「だって……」

(私が言っても言わなくてもそういうジンクスは実際あるわけだし)

 陸は突然早足になった。

「早く行こう」



 イルミネーションが見えないところまで来ると、陸は少し足を緩めた。

 まだ怒っているのかと沙希は恐る恐る陸の顔を覗き込んだ。

「何?」

 見下ろすように睨まれた。

「まだ怒ってるかなって」

「普通怒るだろ」

 沙希はシュンとなって俯いた。「ごめん」と小さな声で言う。

「はぁ」と大げさなため息が上から聞こえる。

「アレだな」

 そう言う陸の声は何か悪いことを企むときのそれになった。

「クリスマスプレゼントは沙希に頑張ってもらわないとな」

「えー!」

 嫌な予感がして顔を上げると、やはり意地悪な笑みを浮かべた陸と目が合った。

「なぁ、クリスマスイブの日、会える?」

 沙希は一瞬考えた。

「たぶんその日は家で夕食だから……それまでの時間なら……」

 陸はニッコリと笑った。目尻が下がってかわいい。

「じゃあ、イブは一緒にいような?」

 うん、と頷いた。彼氏のことが沙希の頭に一瞬浮かんだが、すぐに追い払った。

「夜はダメだから……午前中からね」

「朝から……何をするの?」

 すっかり機嫌の直った陸は怖いくらいニコニコしながら言った。

「それを俺に聞く?」

 沙希は眉間に皺を寄せた。もしかして……?

「そう。これから行くところに朝から行くわけ」

「はぁ?」

「あー楽しみだなぁ」

 陸はすっかり上機嫌で鼻歌など歌い始めた。

 その様子を見て呆れながらも、沙希は「ま、いいか」と思う。

 陸は言葉にして言わないが、いつも沙希に気を遣ってくれている。たぶんクリスマスも会えないことを覚悟していたのだろう。

「ねぇ」

「ん?」と何気なく見上げると陸が少し真面目な顔でこっちを見ていた。

「キスしていい?」

 言い終わるか終わらないうちに唇が触れた。

「ちょっと! こんなところでっ」

 沙希は辺りを見回しながら抗議した。

「別に見られてもいいし」

 不敵な笑みを浮かべて陸は言う。

「また沙希とホワイトイルミネーション見られるように、おまじない」

「なによ、それ」

 フッと笑って陸は「効き目抜群のはず」と沙希の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 

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