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番外編  背中に書いた文字

「これ、お前に見せようと思って借りてきた」

 沙希は渡されたDVDのパッケージを見た。沙希の好きなバンドのインディーズ時代のDVDだった。

「これ見たら、さすがのお前も引くね」

 陸は自信満々に言い、再生ボタンを押した。

 映し出されたバンドのメンバーは今よりかなり若い。インディーズ時代だから5〜6年前だろう。

 沙希は特にヴォーカルの顔が好きだった。

「ぶーーーっ!」

 陸が大げさに吹き出す。

「この長髪、似合ってねぇーーーーー!!」

「うるさい! 別にいいじゃない」

 沙希は少し不機嫌になる。確かにあまりカッコいいとは言えない。でも陸にそこまで言われたくはなかった。

「しかも歌ヘタじゃね?」

「うっ……それは……」

 沙希も一番最初にこのバンドの曲を聞いたとき、そこが気になったのだ。

「でもこの頃から比べると今はずいぶん上手くなったじゃない」

 陸は納得がいかないようだったが「ま、そうかも」と見終わったDVDを取り出して、別のバンドのDVDを入れる。陸の好きなバンドだった。

「やっぱ、いいよな〜」

「……って、この人もめちゃ長髪ですが」

 陸の好きなバンドは熱烈なファンが多いバンドだった。特にヴォーカルのカリスマ性は群を抜いていると沙希も認める。

 陸は沙希を軽く睨んだ。先程の沙希の好きなバンドのヴォーカルより明らかに長髪だった。

 少しかわいそうになって沙希は慰めるように言った。

「この頃はみんなこういう髪にするのが流行ってたんだよ、きっと」

「ふん」

 完全にいじけたようだ。こうなるとやっかいだ。

「もう、怒らないでよ」

 陸はじろりと沙希を見てから、目を伏せて言った。

「じゃあ、アイツはもう好きじゃないって言えよ」

「はぁ?」

(ああ、やきもちか……)

 沙希はようやく納得した。

 沙希の好きなバンドのヴォーカルは沙希の彼氏に少し似ているのだ。そのことは陸とこういう関係になる前に話していた。それを陸は覚えていたのだ。

「私はかわいい顔の人が好きなの」

「どういう意味?」

 陸は沙希が言おうとしていることを理解したようだった。少し表情が柔らかくなる。

「浅野くんもかわいいと思うよ」

 途端に笑顔になった。本当にこういうところはかわいいと思う。

「お前、俺のこと好きでしょ」

 沙希は笑顔で答えるのが精一杯だった。

 引き寄せられて抱きしめられた。陸は沙希の顎に手を添えて上を向かせる。

「名前、呼んでよ」

「ん?」

「陸って呼んで」

「やだ」

 キスで口が塞がれた。唇を割って舌が侵入してくる。

「……んっ!」

 長いキスで沙希は息苦しくなってきた。それでも陸は離そうとしない。目を見ると笑っている。

「……んんんーーーっ!」

 ようやく解放されて沙希は大きく深呼吸した。

「じゃあさ、これから背中に書く字を当てて」

 そう言って陸は沙希を自分の前に座らせて、まず真っ直ぐ線を引いた。

「くすぐったいーーーっ!」

 鼻で笑って「じゃ、これは?」と沙希の背中に一文字書く。

「り?」

「当たり」

 次の文字は……「く?」

「そうそう、いいね!」

 陸は上機嫌になった。

「だ?」

「い?」

「す?」

 沙希はすぐに陸の意図がわかったが、素直に騙されることにした。次は……

「……き」

「はい、よくできました!」

 陸は嬉しそうに後ろから沙希を抱きしめた。

「じゃあ、続けて言ってみよう」

「りく、だいす……」

「うんうん」

「け?」

「ちがーーーーーーーーーーーう!!!」

 後頭部を小突かれた。

「お前、ひでぇな。だいすけ……って誰だよ」

「誰だろ……」

「ホント、強情なヤツ」

 陸も笑い出した。二人はひとしきり笑い合う。

「ま、いいや。俺は沙希の気持ち知ってるから」

 沙希は困ったように笑うことしか出来なかった。そんな沙希を陸はもう一度思い切り抱きしめた。

「好きだよ」

 腕の中で陸の声だけが聞こえる。沙希はゆっくり自分の身体を陸に預けた。

(私も……好きだよ)

 言わないけど。

 それでも気持ちが伝わるように陸の背中に回した腕に少し力を込めた。

(いつか、身も心もキミに預けることができたらいいのにね……)

 陸の胸に耳を当てて鼓動を聞きながら、いつまでもこうしていたいと沙希は思った。

 

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