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学園祭に恋して 2



 小説の中にはよく「美人」が登場する。

 誰が決めたのかは知らないが、ヒロインが美人というのはほぼお約束で、ライバルも系統は違えど美人だったりして、物語の世界では美人しか生きることが許されていないんじゃないか、と思うことさえある。

 でも不思議なことに物語を読み進めていくうち、そのヒロインにどっぷり感情移入し、素敵なヒーローに愛されるのが自分だとうっかり勘違いまでして、最後のページを読み終える頃にはすっかり「絶世の美女」気取りの私がいたりする。

 ――勿論、脳内での話ですよ?

 本を閉じて、鏡を見た瞬間、あっけなく魔法は解けてしまう。

 現実世界では魔法が解けてしまうから、また物語の世界へ旅立ちたいと思うのかもしれない。

 そうして本の中に旅することをどれくらい繰り返してきたのだろう。おかげで私の頭の中には今まで蓄積してきた大好きな小説やマンガのヒロインたちがひしめいている。 

 物語のヒロインみたいな美人で性格もよい女の子が現実に存在するとは思わないけど、そんな人に憧れるくらいは許されるだろうと思うのだ。そう考えると、私も乙女なんだなと苦笑したくなる。



 だけど物語のヒロインみたいな女性が、現実に存在したらどうなるのだろう。



 きっとテレビの中のアイドルが目の前に現れた瞬間のように、周囲は騒然となるはずだ。

 私は頬杖をついて窓の外を見る。

 ついさっき、私たちはその現場をこの教室で目撃したのだ。

 ――「天は二物を与えず」が当てはまらない人もいるんだよね。

 そういえば、私の隣の席に座っている人がそうだった。

 清水くんは容姿が美しく整っているだけでなく、成績もよく、人付き合いまで上手くこなしている。

 ――ま、私くらい人付き合いが苦手な人間を探すほうが難しいかもしれないけど。

 ふう、と大きなため息が出た。

 自分のことはよくわかっているつもりだ。

 このダサい眼鏡をやめて、夏休みのようにコンタクトレンズにすれば、人並みに見えるかもしれないのだし、自分から頑張って誰かに話しかけたらクラスの中にも友達と呼べる人ができるかもしれない。

 そうすれば学校に来るのも楽しくなって、勉強だって張り切って取り組めるようになるのではないか、と。

 ――そうなれば私の未来は明るくバラ色じゃないか。

 でも思うのは簡単だけど、実行するのは難しい。いや、きっとやってみたところで実現不可能なことなのだ。

 だいたい眼鏡を外し、コンタクトレンズにしてしまったら、落ち着かなくて挙動不審になる自分の姿がありありと目に浮かぶ。

 もし前の席に座るクラスメイトに勇気を出して話しかけたとしても、業務連絡のみで終了してしまうだろう。

 しかも、今の私はこの学園中の女子を敵にまわしていると言っても過言ではないのだ。これは由々しき事態だと思う。



 ――それなのに、この男は……。



 確かに、さっきこの教室に現れた教育実習生の小原綾香さんは、女子の私もうっとりしてしまうような美人で、しかも私の憧れの大学に通っているという。

 そして驚くべきことに、清水くんの元彼女であるサヤカさんのお姉さんなのだ。

 なんと言うか「こんな偶然ってアリ?」と大声で叫びたいような気持ちだけど、度胸がないので今のところその想いはひっそりと私の中に閉じ込めておく。

 ――というか、ホント「女好き」としか言いようがない。男の人ってみんなそうなの!?

 まぁ、清水くん以外の男性のことまで私にはわからないが、一般的に男性の性質としてそうだとしても、彼の場合は度が過ぎると思うのだ。

 百歩譲って、綾香さんに見とれてしまうのは仕方がないとしよう。

 しかし、必死でアイコンタクトまで取るとか……。

 そこまで行くとどうかと思う私は了見が狭いのでしょうか? 誰か教えてほしい。

 そして「どういうつもりですか」と訊くのもバカバカしくて、ここで窓の外に目をやりながら鬱憤を溜め込んでいるというのが、現在の私。

 ――なんかもう、どうでもよくなるよね。何もかも全部……。

 ふーーーっ、とさっきよりも長い長いため息が漏れる。

 それにしてもあの綾香さん、いや、綾香先生は、本当に仮想の世界から飛び出してきた女性のように、どの角度から見ても完璧だった。というか、あまりにも美しいのでまともに見ることができなかったのだ。

 あの「綺麗なお姉さんオーラ」はどんなに頑張ってメイクを施そうと、普通のお姉さんでは出せないものだと思う。

 差別はよくないというけれども、生まれたときからこれほど差をつけられていたら、どう足掻いても敵うわけがない。平等なんて発想は所詮理想であって、理想イコール永遠に実現不可能ということなのだな、と再確認する。



 ――ああ、もう! なんか私ってものすごく嫌な人間だ!



 とりあえず頭の中にはびこる荒んだ思考を蹴散らして深呼吸した。 

 これは俗に言うひがみという感情だ。今までも清水くんにまとわりつく女子に対して嫌悪感はあったけれども、綾香先生の場合、彼にまとわりついてもいないのに私はすっかりいじけている。

 しかも朝のホームルームが始まる前に、清水くんが学園祭の手伝いをしろと言い出したのが何だか気に入らなかった。

 ――だって苦手なんですよ、こういうの。

 もう少し私の気持ちをわかってくれてもいいのに、と思ってしまうのはわがままなのだろうか。

 チャイムが鳴り、授業が始まる。少しホッとして黒板のほうを見たら、隣から視線が突き刺さってきた。右側の腕にチクチクとした痛みを感じつつも、私は徹底的に無視を決め込んでやった。





 午前の授業は清水くんの力を借りなくても板書をノートに写すことができた。心の中でニンマリとし、弁当をつついていると、売店からパンを購入して隣の席のソイツが帰ってきた。

「けど、綾香さんって確か、昔はどうしようもない男と付き合ってたって噂聞いたことある」

 小声だが興奮気味に話しているのは田中くんだ。彼の情報網も侮れない、と私は密かに耳をそばだてた。

 清水くんは着席するやいなやパンを頬張っている。今日は焼きそばパンとポテトサラダパンらしい。

「だから何?」

「いや、今はどうなのかなって、気になるじゃん!」

「別に。気にしたところでどうにもならないし。心配すんな。高校生なんか対象外だって」

 親友の夢を打ち砕くように短い言葉がテンポよく飛び出した。田中くんは水筒のお茶を飲んで反論を開始する。

「お前は知らないだろうけど、綾香さんはな、俺らの地元じゃ超有名人なんだ。綾香さんと一言会話を交わせたら死んでもいいと思ってる男がうじゃうじゃしてるんだぞ!」

「そんなわけないだろ」

 焼きそばパンを食べ終わった清水くんが、牛乳パックを手に持ち、氷のような冷たい声で言った。

「……確かに、今のはちょっと大げさだった」

 田中くんは気まずそうにつぶやく。

 噴き出しそうになるのをこらえながら私は焼き鮭を口に運んだ。

「だけどな、綾香さんは……」

「田中、『先生』って言えよ。失礼だぞ。それに俺が聞いた話だと、先生は相当キツい性格らしい。言葉には棘があって、冷たいことを言われたらその一言で死にたくなるヤツが続出するって」

「おまっ……、それサヤカさん情報?」

 一瞬、妙な沈黙があったが、清水くんは「ああ」と認めた。

「美しいものには棘があるっていうのは本当らしいぞ。気をつけろよ」



 ――は……!?



 思わずブロッコリーを丸飲みしてしまった。

 ――その言葉、そっくり返してやりたい。

 喉の奥でブロッコリーが悲鳴を上げながら食道をおりていく。私も悲鳴を上げたいが、それすらもできない。

 とりあえずペットボトルのお茶を口に含んだ。

 実際清水くんに文句を言いたくても、言えない事情が私にもある。

「気をつけて」

 夏休み、予備校へ向かう道の途中で、清水くんは私にそう言った。

 だが私はその意味がよくわかっていなかったのだ。今なら彼の忠告の意味が嫌というほどよくわかる。

 ――でも、あれって結局未遂だし。それに私が後ろめたく思う必要なんて全然ないし。

 そうは思うものの、清水くんにあの事件を説明することがどうしてもできない。説明しながら「でも諒一兄ちゃんが急に……」などと言い訳してしまう自分と、すかさず「だから言っただろ」と突っ込んでくる清水くんの不機嫌な顔がたやすく想像できるからだ。

 ぼんやりしていると、さっさと昼食を済ませた隣の男子二名は教室を出て行った。おそらくバスケをしにいったのだろう。彼らは昼休みになるとサッカー、バスケ、バレーボールの球技を日替わりで楽しんでいる。

 勿論、それはウチのクラスの男子全員というわけではない。

 男子も女子と同様にグループがいくつかあるらしく、いわゆるインドア派の男子は昼休みも教室内でたむろしていた。彼らは彼らで、体育会系の男子とは違う不思議な雰囲気を醸しだしている。

 その危うい感じの男子グループを何気なく観察していると、見慣れないスーツ姿の集団が廊下を通った。

「あ、小原先生、ちょっとウチのクラスに寄ってよ!」

 インドア派と言えば聞こえはいいが、実質オタクで構成されたグループの男子が、廊下へ顔を出して綾香先生を呼び止めた。クセのある口調だ。

 彼はオタクグループの中でも目立つ存在で、耳にピアスをつけ、割とスタイルがいい。ソイツが「チャラ男」と呼ばれていることは私も知っていた。勿論名前は知らないが――。

 チャラ男は綾香先生を強引に教室内へ引っ張ってきた。

「ねぇ、先生は彼氏いんの?」

 ――なぜ「いるの」と言えないのか!?

 チャラ男の口調に過剰反応してしまうのは、生理的に受けつけないタイプだからかもしれない。前髪が長すぎてうっとうしい。教員という職業は大変だな、と綾香先生に少し同情する。

 しかし無礼なチャラ男に、綾香先生は微笑んで見せた。

「ヒミツ」

「えー! 俺、すっげぇ気になるんだけど。じゃあ、どういう男がタイプなの?」

 彼は一体どうしたんだろう。これほど活き活きと話すチャラ男を見たのは初めてだった。周囲のクラスメイトも驚いた目で彼を見つめている。

「どういう……? うーん、綺麗な顔をした人かな。あとは優しい人でお願いします」

 綾香先生は怯む様子もなく、楽しそうに返事をした。その返事に先生を取り囲んでいたクラスメイトがそれぞれ歓声を上げる。

「え、じゃあ、俺とか、どう?」

 はにかみながら、チャラ男は言った。

「どうって、……何が?」

 ――うわっ、すっとぼけっぷりが尋常じゃない。

 思わず私も綾香先生の笑顔に見入ってしまう。

「いや、だから……」

 チャラ男の顔が急速に赤く染まった。そしてそれ以上言葉を続けることができなくなったらしい。

 綾香先生の表情がほんの少し動いた。

「そうだなぁ。とりあえずそのピアスはわざわざ学校につけてくる必要はないと思うな。似合っていても、校則違反じゃカッコ悪いでしょ」

「あっ……」

 チャラ男は慌てて自分の耳を手で覆う。

 それを見て綾香先生はにっこりと笑った。

「あと、授業は寝ないでちゃんと聞いてね。ホームルームも、ね?」

 ――うわぁ! ……これは。

 こくん、とチャラ男は首を縦に振った。彼のこれほど素直な反応は誰も見たことがないのではないか。

 それを見届けると綾香先生は満足そうに笑った。それからクラスの中を見渡して、スッと出て行った。

 彼女は私のこともしっかりと見たと思う。目が合った瞬間、ドキッとした。



 ――で、出た! 悪魔……!



 そうだ。あの微笑み、たぶん間違いない。

 きっと綾香先生は清水くんと同じく、心に悪魔を棲まわせている人なんだ。ということは、二人は似たもの同士ということ――?

 背筋がざわざわとして落ち着かなくなってしまった。

 でも綾香先生の言ったことは、教師としてチャラ男に向き合った場合、当然注意すべき事柄だ。

 チャラ男を見ると、ピアスを外して手鏡で前髪を整えていた。男のクセに自前の手鏡というところがナルシストっぽいと思ってしまう私は、ちょっと考え方が古いのだろうか。

 食べ終えた弁当を片付けて、トイレに行く。

 個室に入ったところでガヤガヤと女子グループご一行様がやって来た。

「やー、堀内(ホリウチ)くんがあの超キレーな教生にコクって、ソッコー爆死したって! なんかいろいろショックなんだけどー」

 ――堀内くん? 爆死?

 何のことかよくわからないが、教生が教育実習生の略だというのは察しがつく。

「え、エミって堀内とか好きなの?」

「うん。割と好きだった」

「あんなチャラ男! どこがいいの? ……てゆーか、あの先生、レベル高すぎじゃん。かわいすぎる! いきなりコクるとかありえねー!」

 ――チャラ男……ってことは堀内というのがチャラ男の名字か。

 個室内でこっそり脳にインプットした。声からすると他のクラスの女子のようだが、私にとってはありがたい噂話だ。

「でも堀内くんって、ああいうの好きなコにはたまんない魅力があると思うな。キモカッコいいみたいな?」

「キモくてカッコいいって、どっちかにしろって思わない?」

「だねー。中途半端」

「あーいいよ、皆にはわかんなくて。競争率低いほうが狙いやすいし」

「じゃ、エミは堀内で決定。修学旅行で絶対コクること! 私は……」

「菅原くんでしょ。はい、じゃあノリコは?」

「私は絶対清水くん!」

 ――え!?

 突然、雲行きが怪しくなってきた。個室の中が暑いのもあって、背中に冷や汗が噴き出す。

「えー、私も!」

「清水くん、マジカッコいいよね。彼女とか、いてもいいから……」 

「何、その沈黙」

「アイちゃんは妄想の世界にイッちゃったんだよ。しばらく帰ってこないから放っておいてあげて」

「でもあのクラス、学年で人気の男子が集まってるよね。一人くらいウチのクラスに分けてほしい」

「ホント、ホント」

 そこで予鈴がなった。

 バタバタと複数の足音が遠ざかり、トイレの中は急に静かになる。私はようやく個室から脱出することができた。

 ――「彼女とか、いてもいいから」か。

 洗面台の前でため息が漏れた。ここで他のクラスの女子グループが話していたことは、彼女たちだけでなく、この学園内女子の本音なのかもしれない。

 突然、動悸が激しくなった。



 ――私……何やってるんだろう?



 ますます「好き」という気持ちがわからなくなる。

 彼女たちのように私は清水くんを「好き」だと、皆の前で断言することができない気がする。それが臆病だからなのか、自信がないからなのか、本当は好きではないからなのか、自分でもよくわからない。

 ――でも、私、清水くんのことが……好き……ですよ?

 なんだ、この「?」は。誰に訊いているんだ、誰に。

 いつまでも鏡の前でボーっとしているわけにもいかない。気を取り直してトイレを出ようとしたとき、バンッとトイレのドアが開いて、駆け込んできた女子が私にぶつかった。

「あ、ごめん」

 反射的に相手がそう言った。振り返るとおさげが跳ねている。

 ――高梨さん?

 頑なに顔を伏せていた高梨さんは、見間違えているかもしれないが、たぶん目が真っ赤だった。泣いていたのかもしれない。

 気にはなったが、チャイムの音に背中を押されて、トイレを後にした。





 午後一番の授業は英語だ。教室の後ろのドアから綾香先生が入ってきて、授業見学をしている。そのためか、昼休み明けの授業なのに全員の背筋がピンと伸びていた。ちなみに普段は、起きている人を探すほうが早いだろう。

 爆死と報じられているチャラ男こと堀内くんは、意外にも元気で、わざとらしく後ろを向いて綾香先生に自分の耳を見せている。先生もクスッと笑って頷くと、前を向くように手をちょいちょいと振った。

 隣を盗み見ると、清水くんも堀内くんのことを見ていたようだ。堀内くんが綾香先生の言うことを素直に聞いて前を向くと、つまらなさそうな顔で頬杖をついた。

 ――ジェラシー、ですかねぇ?

 そう思いつつも、あまり腹は立たなかった。なんだか急に、どうでもよくなってしまったのだ。

 綾香先生はたぶん教師として、いや人間として、とても優れた資質の持ち主なのだと思う。彼女の美しさとか成績が優秀だとか、表面的なものに気を取られていると、その本質を見誤ってしまいそうだ。

 きっと清水くんの言うとおり、綾香先生は高校生なんか相手にしないだろう。

 彼女は教育実習生とはいえ、自分が指導者であることを強く自覚しているのだ。教育実習生は若くて常勤の教員よりも身近に感じるが、決して友達ではない。

 堀内くんはそれをわかっているのだろうか?

 もう一度彼の座席のほうを見ると、ちょうど彼が顔を上げて首を小刻みに振っているところだった。チャラ男の象徴でもある、少し明るめに染めた長い前髪が揺れて、彼の横顔がはっきりと視界に入る。



 ――うわっ!



 不覚にも、胸がドキッとした。

 男子にしては肌が白くて綺麗だった。それだけでなく形よく整えられた眉毛や鋭い目つきが、私の心の中に真っ直ぐ飛び込んできた。

 ――え、チャラ男って……?

 いやいや、と私は瞬きして自分の考えたことを力いっぱい否定した。

 ――ちょっとカッコいいかも……なーんてことがあるわけない。だって、ねぇ?

 と、隣をチラッと見る。すると、視線がバチッと音を立ててぶつかった。



 ――ひ、ひえぇ!!



 胸の内側がすり減るような感覚に苛まれるが、動揺をひた隠す。

 頬杖をついたまま、清水くんはほんの少し眉を寄せた。更に私の胃の辺りが絞られるようにキリキリと痛んだ。

 ――ええと、……ど、どうしたんでしょう?

 私は眼鏡の奥で目をこれ以上ないほど大きく見開いて、隣の人にお伺いを立てた。

 頬杖をやめて、シャープペンシルを握ったかと思うと、清水くんは私のノートをぐいと自分の机上へ引き寄せる。

 ――高梨、いないけど?

 彼が書いた文字を見て、私は高梨さんの席を見た。堀内くんの顔がよく見えると思ったら、隣の高梨さんがいない。

 さっきトイレに入ったきり戻って来ていないということだろうか。

 ――チャイムが鳴る前にトイレですれ違った……。

 そうシャープペンシルを走らせると、清水くんが小声で「ふーん」と答えた。

 それから私の文字の下にまた何かを書き込む。

 ――堀内、綾香先生に何かした?

 私は堀内くんの名前を見てギョッとした。でもそれを悟られないように清水くんの綺麗な文字を見つめたまま、待てよ、と慌てて脳を稼動させる。

 少し考えてから次のような言葉をノートに書いた。

 ――昼休み、先生にタイプを聞いてたけど、高梨さんが授業さぼるのと関係ある?

 清水くんが私の顔を覗き込んでくる。

 うわっ! 近い、近すぎます!

 いくら堀内くんがちょっと綺麗な顔立ちをしていても、この人は別格だと改めて思った。

 有名なケーキ屋さんのガトーショコラが堀内くんだとしたら、清水くんは職人肌のパティシエが小麦粉やココアを一切使わずに最高級のチョコレートのみで焼き上げた極上スイーツなのだ。

 そもそもカッコつける必要がないんだ、この人は。坊主頭にしても、長髪にしても、それ自体を自分の魅力にしてしまうような力がある。

 ここまで来ると、これはもう魔力としか言いようがない。魅力っていうのは割とどんな人にも与えられているけど、魔力となると持っている人は限られると思う。

 と、清水くんの顔に見とれていたら、彼の持つシャープペンシルがさらさらと音を立てた。



 ――あいつら、付き合ってる。



 私は「へぇ」と心の中で思った。

 そして三秒後、またしても目をまんまるにして清水くんを見つめることになる。



 ――ウソ!



 これは私の心の叫びだったが、清水くんは肩をすくめただけで、あとは私のほうを見ることもなく、黒板を眺めて考え事に耽っているようだった。


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 1st:2011/09/06