#31 露呈した真実

「これってすでに犯罪じゃないの?」
 私はシートに横たわり、車の低い天井を睨んだ。
 友広くんの神経を逆なでしてはいけない、と思うものの、おとなしくいいなりになっているのも癪だった。
 意外にも隣のシートから愉快そうに笑う声が聞こえてくる。
「未莉さんらしいですね。確かにこれは立派な拉致だ」
「私がいなくなったこと、すぐにみんな気がつくわ」
「そうですね」
 友広くんは余裕の笑みを浮かべていた。
「でも大丈夫です。きちんとお伝えしてあります」
「誰に、何を?」
「あなたのお姉さんに、これから未莉さんをお連れする場所について」
 ――姉に?
 私は友広くんの顔を確かめるように見つめた。その目に嘘はなさそうだけど。
「すぐに駆けつけてくれますよ。守岡優輝もいっしょに、ね」
「制作発表はどうなるの?」
「さぁ? そんなこと、知りません。でもぶち壊すために未莉さんを拉致したのだから、そうなってくれないと困ります」
 傲慢な言いぐさに驚いたが、腹を立てるほどの気力が私にはまだなかった。むしろ姉と優輝が来てくれると聞いて、少しホッとする。
 ――早く会いたい……けど。
「大ごとになってもかまわないの?」
「大丈夫ですよ。警察沙汰にはなりません」
 友広くんは表情をほとんど変えず、事務的に応じた。
「どうしてそんなことが言い切れるの?」
「それは到着したらわかりますよ」
 彼の父親の別荘に何かの仕掛けがあるのだろうか。それとも彼の父親がなにがしかの権力を持つ人物なのだろうか。
 問うような視線を送ってみたが、まるで私に興味がなくなったかのように彼は顔をそむけ、深いため息をひとつついた。

 いつの間にかうとうとしていたらしく、肩を揺すられてハッとした。
 先ほどに比べるとずいぶん頭がすっきりとし、体も軽くなっている。
 車は大邸宅の玄関ポーチに止まっていた。
 晴れていれば高原のすがすがしい景色を楽しめるのだろうが、今は頭上にのしかかってくるような灰色の雲が、背後の林をも不気味な色に染めている。
 空気は冷えきっていて、ノースリーブのワンピースで車外に出ると体がぶるっと震えた。
「どうぞ」
 友広くんが玄関のドアを開け、私を中へ入るように促した。
「いらっしゃいませ」
 玄関の脇で初老の男性が深々と頭を下げていた。どうやらこの別荘の管理人らしい。
「何か連絡は?」
「社長よりお電話がありまして、社長もこちらへ向かっているとのことでした。ですが、それより先に高木のおぼっちゃんが到着するだろうと」
「それはそうだろうね」
 友広くんはつまらなさそうに言った。
 ――「高木のおぼっちゃん」って高木さんのこと?
 だとしたら嬉しい。姉と優輝が来てくれるということだ。
 靴を脱いで上がると、大広間へ通された。山荘にふさわしいすっきりとしたデザインの家具に魅せられる。中でも存在感のある暖炉に目が釘づけになった。
 そして驚いたことに、大きなテーブルの上にはサンドイッチなどの軽食が用意されていた。
「お腹が空いているなら食べてください」
「え、いや、でも……」
「毒入りではないから安心していいですよ」
 そこまで慎重になっていたわけではない。でも友広くんの考えていることがまったくわからないから、呑気にサンドイッチをいただく気分ではなかった。
 いったいこれから何を始めるつもりなのか。
 ソファの隅っこに腰かけて、窓の外へ目をやる。もしかしたら暴力を振るわれるのではないかと危惧していたのだが、今のところ友広くんは紳士的にふるまっている――スタンガンを使って私を拉致したことを除けば。
 ――ということは、優輝や私を狙った犯人は友広くんではないのか。
 そう考えるのは早計だと思うものの、私を拘束もせず、姉や優輝が来るのをただ待ち構えている彼に、私たちを陥れる動機を見出すことは難しい気がするのだ。
「友広くんは何者なの?」
 コップを手にして大広間へ戻ってきた友広くんに、思い切って尋ねた。
 彼はお茶のペットボトルを開け、コップに注ぐ。
「難しい質問ですね。では未莉さんは何者ですか?」
 質問返しとはずるい。でも「お前は何者か」と問われて即答するのは、確かに難しい。
「……質問を変えるわ。守岡優輝が怪我をした事故の犯人を知っているんでしょ?」
「ええ」
「私を狙っているのもその人?」
 コップを私の前に置くと、友広くんは暖炉の前に立った。
「未莉さんはもう気がついているはず」
 私はちょうど正面に立つ彼の顔をまじまじと見つめる。
「最初は友広くんが犯人だと思っていたわ」
「それも半分当たっている」
 ――えっ!?
「オーディションの招待状を未莉さんに送ったのは、僕ですから」
 ――うそでしょ!?
 どうして、と口を開きかけたところで、急に外が騒がしくなった。
「どなたかご到着のようだ」
 友広くんは口元にうっすらと笑みを浮かべて玄関へ向かった。
 ほどなく姉が大きな足音を立てて大広間へ駆け込んできた。
「未莉! 無事なの? けがはない?」
 私の隣にドンと腰をおろすと、私にしがみつくように腕をまわした。
「だ、大丈夫」
 そのとき背後で鈍い衝突音がした。
 私は姉を押しのけて、玄関へ急ぐ。目に飛び込んできたのは、これまで見たこともない形相で優輝が友広くんを壁に押し付けている光景だった。
「お前、自分がやったことがどういうことか、わかっているんだろうな」
「未莉さんは無事ですよ」
「当然だろ。そうじゃなかったら今すぐお前を社会的に抹殺してやる」
 優輝は友広くんの両肩を壁に縫い留め、低い声ですごんだ。その狂気と紙一重の激しい怒りに触れた友広くんはさすがに蒼ざめている。
「優輝、もうやめて」
 思わず発した私の声で、優輝はしぶしぶ友広くんを解放した。
 それから私の前に来て、頭のてっぺんからつま先までつぶさに点検し、最後に私の顔をじっと見つめる。心配そうな目をした優輝を見ていると、これまでの不安や心細さはどこかに吹っ飛び、彼を愛しく思う気持ちだけが胸にあふれた。
「よかった」
 優輝が広げた腕の中に、躊躇なく飛び込んだ。
 温かい彼の胸に顔をうずめる。いつもと同じぬくもりを感じて、やっと体の緊張が解けた。
 だが熱い抱擁は、すぐさま闖入者(ちんにゅうしゃ)によって妨げられた。
 玄関のドアが乱暴に開け放たれる。
「和哉! こんなことして、どういうつもり?」
 怒気をまき散らしながら女性が現れた。紫色が印象的なサリー風の衣装を身につけたサイティさんだ。
 だが金髪のウィッグも真っ黒いサングラスも着けていなくて、あらわになった顔は西永さんのオフィスで会った竹森さんその人に違いない。
「おい!」
 高木さんが慌てて彼女を後ろから羽交い絞めにした。
 サイティさんの手には折り畳み式のナイフが握られていたのだ。
 手足をばたつかせるサイティさんに、友広くんが近づいていく。
「サイラ、落ち着いて」
「離せ! その女、許せない!」
 サイティさんは私に向かって噛みつくように言い放った。ナイフを持つ手を少しでも私のほうへ近づけようと渾身の力を振り絞っているが、高木さんが背後から抑え込む。
 優輝が背にかばってくれているものの、私は金縛りにあったように身動きができなくなっていた。
「未莉があなたに何をしたというの?」
 姉が私の前に進み出た。サイティさんはますます怒りを募らせ、獣のような唸り声を上げて身をくねらせる。
「目障りだ! 私の人生から消してやる!」
「サイラ、いい加減にしないか。そんなことしたらサイラの人生が終わる」
 友広くんはタイミングを見計らってサイティさんの腕をつかみ、ナイフを叩き落とした。すぐさまそのナイフを足で蹴って遠くへ滑らせる。それを優輝が拾い上げた。
「わたくしが預かります」
 管理人が素早い身のこなしで優輝からナイフを受け取り、別荘の奥へ消えた。
 気がつけば、私と姉は互いの体をぎゅうぎゅうと抱きしめていた。姉がホッと力を抜いたので、私も大きく深呼吸したが、この数分間のできごとをどう解釈すればいいのかわからず、ただ瞬きを繰り返す。
「どうして今になって私の邪魔をするの? もしかして和哉もその女に情が移った?」
「違う。サイラにこれ以上罪を重ねてほしくないだけだ」
 友広くんはなおもジタバタするサイティさんに再度近き、高木さんから奪い取るようにして両腕で彼女を拘束した。
「離せ! 私はこの女が痛い目にあって、世間にみじめな姿を晒すところを見たいんだ。オーディションでの無様な姿、世界中の人たちに見せて回りたいわ。今度のドラマも視聴者からブーイングが殺到すればいい。このドラマが失敗したのは柴田未莉のせいだ、と騒ぎ立てるのよ。そして……」
「ハハハ。見事に歪んだ思考の持ち主だ。しかし残念ながらあなたの思いどおりにはならないでしょうね」
 突然、優輝が笑いながら割り込んだ。
 サイティさんが目を剥いたところで、玄関のドアが慌ただしく開いた。
「おいおい! 和哉、いったい何事だ!?」
 焦っているのだろうが、どこか呑気な響きも感じられる声だ。
 ドアが開き、そこに現れたのは成田プロの社長だった。彼の後ろからなぜか沙知絵さんが顔を覗かせる。
「えっ」
 優輝が小さく声を上げたのを、私は聞き逃さなかった。
「誰よ? あの人呼んだの……」
 私の隣で、姉が不愉快そうに言った。成田プロの社長は姉の元カレだ。姉の機嫌が悪くなるのは当然だった。
 妙に若作りな社長は姉に屈託のない笑みを向ける。
「ずいぶんひどいじゃないか。ここは私の別荘だ」
「そうでしたね。勝手にお邪魔しております」
「おや、これはまた、ずいぶんバラエティに富んだ顔ぶれだな。まぁ、玄関で立ち話もなんだ。向こうで話そうじゃないか」
 一同を見渡した成田プロの社長は、この別荘の主でもあり、この場では年長者である。さすがの貫録でとりあえず全員を大広間へ移動させた。
「あの……制作発表は!?」
「中止になった」
 それぞれが自分の居場所を確保する隙をついて、ソファの隣に座った優輝に小声で確かめたところ、彼は短くそう答えた。
 ドラマ制作スタッフ陣の顔が次々に思い浮かぶ。これまで陰で支えてくれた人たちに迷惑をかけてしまったのだ。理由はどうあれ、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 スペシャルドラマは無事に放映されるのだろうか、と心配になる。
「さて、自己紹介でもしようか」
 成田プロの社長がおどけて言うのを鋭く制したのは、意外なことに高木さんだった。
「この場を和ませる必要はないですよ。今、我々がこうして集まったのは犯罪の全容を暴くためなので」
「犯罪!? おいおい、穏やかじゃないな」
「社長。とぼけるのもいい加減にしてください」
 優輝がぴしゃりと言い放った。
「どこまでも甘やかすつもりですか」
「何の話だ?」
 さすがに社長の顔が曇る。
「今日のスペシャルドラマ制作発表記者会見が中止になったのはご存知ですね」
「ああ、ヒロイン役の女優が突然体調不良で倒れて、救急搬送されたそうじゃないか」
「違います。そのヒロイン役の女優はここにいます」
 優輝は私の肩を抱いた。
 途端に姉を除く女性たちの敵意をむき出しにした眼光が私に突き刺さる。
 成田プロの社長の顔から表情が消えた。
「彼女は会場から連れ去られた。そこにいる友広和哉の仕業です」
「和哉、お前……」
 社長はギリギリと奥歯を噛みしめる。
「しかしなぜ私に連絡がない?」
「あなたに連絡したらもみ消すでしょう。何事もなかったように記者会見は行なわれ、友広和哉は誰からも咎められない。……しかしそれはもう通用しません」
 罪を糾弾されている友広くんは、私たちの向かい側にサイティさんを拘束した状態で座り、あからさまに優輝から顔をそむけていた。
「僕に脅迫文を送ったのは友広和哉、彼だ。社長、そうですね?」
「い、いや……それは」
「どういうことよ」
 姉が焦れたように説明を要求する。
 優輝は姉と私を横目で見て、困ったように自分の前髪をわしづかみにした。
「彼は社長の隠し子です」
 ――え!?
 愕然とする私の横で、姉が息を呑む。
「……高木くんも知っていたの? いつから?」
「最近だよ。だけどこれはうちの事務所の問題だから」
「未莉がこの男に連れ去られたのよ。成田プロだけの問題じゃないでしょ!?」
 姉は立ち上がって主張する。それをサイティさんが鼻でフンと笑った。
「あなたたちがいくら騒いだって、どうせ事件にはならないのよ。柴田未莉の狂言で記者会見が中止になった――そんなところよ」
「事務所の力を使ってもみ消すつもり?」
 姉の怒りが増す。
「だって成田プロに不祥事が起きたら大勢の人が困るもの。ね、社長?」
 サイティさんが同意を求めるように社長を見ると、怪訝そうな視線が彼女へ向かった。はじめて彼女の存在に気がついたらしい。
「君、失礼だがお名前は?」
「脚本家のサイティです」
 ピンとこない表情のまま社長は質問を繰り出す。
「君はここで何をしている? 和哉が君を取り押さえているように見えるが?」
 一同の視線を浴びても、ふてぶてしいほどに毅然としているのはさすがというべきか。しかし彼女の口からは、この状況の説明も弁解も出てこない。
 代わりにこれまでずっと黙っていた友広くんが答えた。
「サイティというのはペンネームで、彼女の本名は竹森サイラです。聞き覚えはありませんか?」
「……う、うむ」
「以前成田プロに所属していたことがあります」
「ああ、思いだした! ほら、あのクレーム案件の……」
 後半は高木さんのほうを向き、何かを指図するように指をふった。
 高木さんはわかっているというように小さく頷く。
「彼女はクライアントとトラブルを起こして干された元モデルで、今は西永さんに拾われている」
「なにっ!? 西永くんが」
 竹森サイラというモデルの名は知らなかったが、彼女が揉め事を起こし、モデルを続けられなくなったのは、成田プロ内ではかなり大きな事件であったらしい。
 しかしそれがどうして私に恨みを抱くことに繋がるのか、まったくわからない。
「それで、彼女はここで何をしている? 和哉、お前はいったいどういうつもりだ?」
 社長が首を傾げながら問う。
「女優を記者会見の場から連れ去るとは、よほどの事情があったんだろうな?」
「サイラは柴田未莉さんを会見場で刺すつもりでした。現にここへ入ってくるなりナイフを振り回した」
 友広くんは冷静な口調で説明した。
「サイラは僕の弱みを握っていた。だから僕が彼女に逆らうことは難しかった。でも……」
 彼は一瞬私を見た。
「未莉さんに非はない。それにもし襲撃が成功したら、サイラが捕まるんだ。誰にとっても不幸な現実でしょう。僕はそんな現実、見たくない」
 ――それって……。
 竹森サイラを後ろから抱きしめるようにした友広くんの姿を見て、私は確信した。
 ――友広くんは彼女のことが好きなんだ。
「弱みって、優輝に脅迫文を送り付けていたことか?」
 高木さんが忌々しげに顔を歪めた。
「それもあります。でも、なにより、サイラは僕にとって大事な……姉、だから」
「……えっ」
 誰もが驚いた顔をしたけど、中でも一番は社長だった。
「俺は知らない!」
「知るはずないでしょ。知る前に捨てた女がその後どうなったかなんて、興味ないのも当然よ」
 竹森サイラが噛みついた。
 つまり彼女の母親は社長に捨てられた後で妊娠を知り、社長に知らせることなく出産したということか。
 そしてその後友広くんの母と――って、この社長の華麗なる女性遍歴、尋常ではない。その中に姉も含まれているのだ。背筋に寒気が走る。
「それは知らぬこととはいえ、すまなかった」
 社長が喉から絞り出すような声で謝罪すると、竹森サイラはツンと鼻を天井へ向けた。
「そんなこと、今さらどうでもいいわ。でもあなたが私の父親で、父親らしいことのひとつでもしてくれるっていうなら、私の好きな人を私にちょうだい。これまで何もしてくれなかったのだから、それくらいおねだりしてもいいでしょ?」
 ――ちょ、ちょっと待ってよ。
 竹森サイラは意味ありげに優輝に視線を送る。
「誰だ、その、好きな人というのは」
 額に浮かんだ汗を拭いながら社長が尋ねた。
 彼女はためらうことなくまっすぐに指をさす。
「守岡優輝」
 大広間の空気が凍り付いた。
 私は人目も憚らず、優輝の横顔を凝視する。
 ――嫌だ。そんなの……嫌だ!
 予感はあった。彼女の言動が不気味だったのは、最初から私に嫉妬と悪意を抱いていたからだ。
 そうとわかっても、私だってここで引き下がることはできない。
 優輝は逃げることなく、竹森サイラの視線を正面から受け止めていた。
「ちょうどいい。竹森サイラさん、僕と取引しましょう」
 ――ちょっ、何を言い出すのよ!?
 私は思わず優輝の腕をつかんだ。
 でも優輝は竹森サイラを見つめたまま言った。
「僕が柴田未莉さんとのお付き合いを断念する代わりに、あなたは未莉に二度と手を出さない。……どうですか?」
 ――なによ、それ。
 胸の中で激しく暴れだした感情のうねりを封じ込めるために、私はひたすら深呼吸を繰り返す。
 ――そんなこと勝手に決めないでよ。私の気持ちはどうなるの!?
「いいわ。それであなたが私のものになるなら」
 竹森サイラは機嫌よく承諾し、私に挑発的な視線をよこした。
 だが、別の方向から「ちょっと待って」と声が上がる。
「申し訳ないけど、守岡くんは私に返していただきます」
 またもや立ち上がってそう宣言したのは、私の姉だった。
 成田プロの社長が慌てたように腰を浮かせた。
「どういうことだ」
「どうもこうもないわ。彼に対する悪質な脅迫が所属プロダクションの社長の息子によるものだとわかった今、そちらに彼を託すメリットはないと考えるのが普通じゃないかしら」
 姉は胸を張って主張した。
 優輝を物みたいに扱うのが気に入らないけど、姉のいうことはもっともだ。
「い、いや、それは困る。な? 高木くん」
「優輝にとって一番いい環境を、と考えるなら引き留めるべきではないと思いますね、俺は」
 飄々とした口ぶりで高木さんは応じた。
「おい、うちの人間のくせに君は……!」
「アンタ、息子を甘やかしすぎだろ。もともと俺は叔父さんのやり方が気に入らないんだよ」
「なんだと……!」
 内輪もめに唖然としていると、優輝がそっと私の手をつかんだ。さっきからずっと彼の腕にしがみついたままでいたのを思い出す。
 その手が優輝の腕から引きはがされた。
 彼は私の手を離すと、居住まいを正した。
「僕は紗莉さんの手を借りて世界へ活動の場を広げようと考えています」
「優輝……!」
「僕にとってこの国は狭すぎる。息苦しくて仕方ないんです」
 その告白に嘘はない、と私にはわかる。
 だけど、だからこそ、胸に鈍い痛みを覚え、呼吸が苦しくなった。
 優輝の息苦しさもこんなふうなのだろうか。それなら耐えろとは、とても言えない。
 成田プロの社長が、がっくりとうなだれた。

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#31 露呈した真実 * 1st:2016/06/16


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